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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

きっと君に会いたかった

作者: 天野綾

 誰?まず、私はそう思った。私という一人称も、喋り方を忘れたかのように動かしにくいこの口も、見慣れないすらっとした白い手足も、まるで他人のもののように違和感しかなくて気持ち悪い。

 混乱のまま辺りを見渡すと、そこは、目がチカチカする世界だった。発色のいいピンクの長草、見ていると不安になる真紅の空で光る銀色の丸い何か。そして、何処かからか聞こえる不気味な風の音に、少し頑張れば辿り着けるだろう距離にある威風堂々とそびえ立つ塔。

 不思議と不気味とは感じなかったけど、あまりこの場所にいるのも良くない気がし、私は迷うこともなく、塔の方向に進むとした。直感だが、あそこに行かないといけない気がした。

「うわぁ!いてて……」

 意気揚々と走り出した矢先、ぬかるんだ土に足を滑らせ、私は勢いよく転んでしまった。それがまるで私の判断を嘲笑うかのようで、思わずムッとしたが、怪我をした膝を見ているとそんな怒りも消えた。

「……赤いのなんだろ。」

 膝から赤色の、液体に見える何かが滲んでいるが、私にはそれが何か分からなかった。そのまま黙ってジクジクと痛い膝を見ていると、段々ムカムカしてきた。

 ぬかるんだ土と痛む膝を恨むように腰に手を当て、不満を表現しながら、今度は慎重に歩いて進むと、私はあることに気がついた。

「水だー!」

 さっき、土がぬかるんでいたのは水が近かったからかもしれない。数歩の目線の先に、とても大きい透明の水の溜まり場が姿を現した。私はすっかり機嫌を直し、落ちないように気をつけながら、それを覗き込んでみた。

 すると、そこには、美しい金色の髪をたなびかせ、大きくてかわいい青色の瞳の女の子がいた。

「わあーー!!ねぇねぇ、お名前教えてー?」

 女の子に必死に話しかけるが、返事はない。女の子はこっちをみている気がするが、もしかしたら声が届いていなかったのかもしれない。そう思った私は、さらに大きな声で女の子に話しかける。

「私とー!!友達になって!貴方のお名前なぁに?」

 必死に声を出すが、それでも女の子からの返事はない。私は悲しくなり、そのままがっくりと肩を落とした。すると、その女の子も同じ動きをした。よく見れば、女の子の膝は擦りむいて痛そうだった。

「あ!ひざ痛い……うぅ、さっきは平気だったのに……」

 思い出したからか、再び膝がジクジクと痛み出す。女の子も膝を抑えて泣きそうな顔をしている。それを見て、私はあることに気がついた。

「……もしかして、この女の子って私なの?……食べちゃいたいくらいかわいいな……」

 見惚れるように水に顔を近づけると、その子も近づけた。その動きでようやくこの女の子は私だと確信できた。初めて見た時に可愛いと感じただけに、私はこんなに可愛いのだと、少しだけ偉そうな気分になった。

 そう、楽しげにしていたその時だった。

「――お姉ちゃん!」

 私が来た方向から、今にも泣きそうな顔の、私に負けず劣らずのキラキラした髪の、青い瞳に涙を溜めた可愛い女の子が、そのまま私に抱きついてきた。

 その女の子は安心したかのように、しばらくの間は泣いていたが、落ち着いてきたのか、抱きついたことが恥ずかしかったのか、ハッとしたように、物理的な距離をとった。

 フン、と胸を張って凛とした態度をとった女の子は話を逸らすように早口で私を責め立てた。

「もう!心配したんだからね?……一ヶ月も連絡がつかなくて、私がどれだけ不安だったのかわかる?」

「一ヶ月?……私、何してたんだっけ。」

 驚いて目を丸くすると、女の子は更に厳しい目つきで睨んできた。はぐらかされた、と思っているのかもしれない。女の子は問いただすように言葉を紡いでいるが、私の耳には入ってこなかった。

「……かわいい。」

 むすっとした女の子の様子を見ていたら、話の内容に意識などいかなかったのだ。小動物のように可愛い姿に、私は思わず声に出した。それも仕方がない、だってこの女の子はとてつもなく可愛い。食べてしまいたいくらい、可愛いのだ。

「――――お姉ちゃんじゃ……ない?」

「え?」

 女の子はワナワナと肩を振るわせ、嫌々と首を振った。

 私は混乱して、女の子が離れた分だけ距離を詰めようと近づいた。瞬間、女の子の瞳から心配の色が消え、鋭い刃のようになった。

 覚悟を決めたように一拍の呼吸をした後、腰にかけた袋から取り出した、黒色の何かを構えて覚悟の決まった表情で一言。

「――死んで。」

 カチャリという音が聞こえたと感じた瞬間、右耳に激しい熱が走る。どくどくと脈打って、膝から流れたそれと同じ赤い何かを見て――ようやく、女の子に攻撃されたのだと理解した。

「――あぁぁぁぁぁあぁあ!」

 なんで、どうして?混乱のまま女の子を凝視する。そこには、そんな疑問を抱いたことを後悔するほど、冷え切った殺意の青の瞳があった。「彼女」と同じ色なのに、こんなにも恐怖を感じる。

 あれ、彼女?だぁれ、それ。

 疑問を抱く時間はくれなかった。女の子は再び黒いそれを構える。

「――ッ!さっさと死んで!化け物!!」

「――なんでそんなこと言うの!?かわいくないよ!?」

「うるさい!」

 カチャリと音がして、また熱が体に走った。今度は胸の下辺りから、赤が溢れた。

 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。

 誰か助けて、痛いのはいやだ。熱が痛みに変化しながら、赤い液体が、びしゃびしゃ溢れて土の色をグロテスクに染めた。

「――死んでよ……」

「……ぃ……や……」

 左手で傷を抑えながら、女の子から背を向け、右腕を振って足を動かした。また、カチャリと音が聞こえたが、振り返らずに走った。無意識のうちに、大胆不敵にそびえ立つ塔に向かって。


 私は走った。少しずつだが、塔が近づいているのがわかり、わずかな安堵を得た。

「――――」

 私は走った。女の子が放った何かで今度は右腕が飛んだが、なんとかバランスを保って走った。

「――――――」

 私は走った。塔に近づくにつれ、毒々しい色の木が増え、道と視界はどんどん悪くなったため、女の子の足並みは少しずつ遅れていった。

「――――――――」

 私は走った。女の子が転んだのか、人が倒れる音が聞こえたが、私は振り向くことさえもしなかった。

「――――――――――」

 そして、息も絶え絶えで走った先でようやく私は塔に着いた。安心したからかな、私は左方向にバランスを崩してしまった。幸い、壁があったから倒れずには済んだが、女の子で攻撃で穴が空いた体が悲鳴をあげていた。

 私はそのまま満身創痍の様子で、壁伝いに歩いた。右腕は女の子に飛ばされてしまったが、左手が生きていたから何とかそれをできた。

「……だれ……が……いな……」

 血が混じった掠れ声を出すが、返事はない。私は朦朧とした意識のまま、また体を動かした。

「……だ……か……」

 カクカクした段差が上に続く場所についた。登ろうと試みたが、これまでの無茶に耐えきれなくなった体は後ろに倒れた。

 ガン、と嫌な音がし、私はぼんやりと天井を見つめた。

 このまま目が覚めなくなるのかな、私はどうなるんだろう。……嫌だ、せめて私の名前がわかるまでは、まだ、消えたくない。

『こっちだよ。』

 聞き慣れた誰かの声が聞こえた気がした。私はその声に導かれるまま、すっかり動くのをやめようとしていた体を引きずりながらそこに向かう。さっきは登れなかったそれを這いながら必死に登った。多分、火事場の馬鹿力というやつだろう。虫の息だったが、何とか動けた。

 ……火事場の馬鹿力なんて、どこで覚えたんだっけ。こんな難しい言葉。

『早く来て。』

 急かすように誰かの言葉が聞こえた。それは、やっぱり聞き覚えがあって……女の子といた時に感じた、「彼女」の声だった。

『忘れるのは許さない。』

 時間なんて最早わからない。這って向かった先に、微かに明るい部屋があった。これまでの場所は暗かっただけに、そこに行くべきだと「彼女」に誘導される前に理解した。

『はやく思い出して。』

 また優しくて、それでいてどこか無機質な「彼女」の声が聞こえた。吸い込まれるようにその部屋に入る。ドアは空いていたから、それは簡単だった。

「…………ぁ……」

 そこには、金色の髪を赤に汚し、虚な青色の瞳を覗かせた――私が倒れていた。

 ズキ、と激しい頭痛がし、私はそのまま意識を失った。夢の中で、空っぽだった頭に美しい金髪と、青く大きい瞳をもった、「彼女」の姿が蘇った。

 それは、水に反射して見えた私と同じ姿だった。


 初めて出会った時、「彼女」は私によく質問をした。

『ねぇ、貴方のお名前はなぁに?』

 私に名前はなかった。だからそう伝えた時、「彼女」は困った顔をしていたんだ。

『……そっか。お名前ないんだ。うーん……なら、私が考えていいかしら?』

 彼女は優しく私に微笑んでくれた。「彼女」の笑顔が、深い青色の瞳が好きだった。かわいくて、目が離せなくなったんだ。だから、私は「彼女」のことが好きになったんだろう。

『そうねぇ……貴方なにか好きなものあるかしら?名前の参考にさせてほしくて……もしも、貴方に好きなものがないなら、貴方のお名前は私の好きなものからつけていいかしら?』

 でもその時の私は、「彼女」のことが好きだって気が付かなかった。好き、と言う言葉の意味さえ、最初はわからなかった。

『ねぇ、貴方って家族はいるの?私はルーちゃんが……歳の近い妹がいるのだけれど、ルーちゃん、とっっっっても可愛いのよ。大人ぶってツンツンしているけれど、本当は甘えん坊さんなのよ。』

 「彼女」が別の誰かの話をする時、私はどうしようもなく胸の辺りが痛かった。ズタズタに切り裂かれるような痛みだった。

 ――だから、何処にも行かないようにこの部屋に閉じ込めた。

『私が好きなものはルーちゃん以外だと……お月様かしら?とっても綺麗なのよ。』

 最初こそ、「彼女」はそれでも私と楽しげに話してくれた。だけれど、それも長くは続かない。

『……ねぇ、お腹が減ったの……何でもいいからちょうだい。……お願いだから……貴方は違うかもだけど、人は食べなきゃ死ぬのよ?』

 何でかわからないけど、「彼女」はだんだん笑わなくなった。私はそれがすごく嫌だった。

『ルーちゃん……助けて……』

 私が顔も知らない、ルーちゃんを呼ぶ「彼女」はもう笑っていなかった。また、「彼女」の笑顔が見たかった。でも何をしてもうまく行かなくて……その時、言われた事を思い出した、人は食べなきゃ死ぬと。

 でも何でかな、ここにはご飯なんてないから、お腹が減ったなら私を食べてって言ったら、見たこともないほど顔を歪ませて泣かれた。あの時の嗚咽を押し殺した声が、頭から離れてくれなかった。

『……ルー……ちゃ……』

 その次の日、「彼女」は動かなくなった。

 私は、ルーちゃんの話を聞いた時に感じた体が引き裂かれそうな痛み、が可愛く思えるほど、形容し難い、全身がバラバラに切り刻まれるような痛みを味わった。

 何でこんなことになったんだろう。私は、「彼女」の笑顔が見たかっただけなのに。


 だから、「彼女」の姿を真似した。あの笑顔を忘れないように。


 そして「彼女」の姿で、この塔から離れた。「彼女」が好きなルーちゃんとお月様を連れてきたら、また笑ってくれると思った。

 そして、意気揚々と塔を飛び出し、何処にあるのかすら知らないお月様とルーちゃんを探している途中で――派手に転んで、全て忘れていた。


 そこまで思い出した後、私は掠れた視界で辺りを見渡した。なんとか見えた視界の中に、銀色の丸が空に浮かんでいた。そっか、この部屋はあれのおかげで明るかったんだ。あれが何かは知らないけれど、とっても綺麗だな。

 記憶を思い出していたから、正確な時間はわからない。でも、記憶の「彼女」と同じように、体から静かに熱が消え、少しずつ硬直してきていることに気がついた。

 最後の力を振り絞って、私は「彼女」に左手を伸ばした。せめて側にいたかった。

「――ふざけるな。」

 二人だけだった世界に音が増えた。それは、忘れかけていたカチャリという音と、涙を押し殺した叫びだった。

 もう痛みはなかったが、女の子の攻撃で、伸ばそうとした左手が吹き飛んで、最後の願いは叶わなかった。

 せめてと視界だけでも彼女に集中する。痩せ切った、可哀想な姿だったが、やっぱり何度見ても愛しい「彼女」だった。

「地獄でお姉ちゃんに詫びろ。」

 もう一度、カチャリと聞こえ、すぐにそれも消えた。


 私は……無知で有罪の怪物は理解した。

 記憶がない中でこの塔を目指した本当の理由を。

 

 私は、きっと君に会いたかったんだ。

昨夜見た夢を一部変えて短編にしました。

短編はアイデアが浮かび次第、不定期に書いていく予定です。

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