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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
家族としての始まり
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証明の知恵

 ギールは頭を抱えつつも、ようやく何かを飲み込んだように顔を上げ、クロへ向き直った。


「じゃあ――君に、世界を滅ぼす気がないってことで……いいのかな?」


 その問いには、確認の意図だけでなく、どこか祈るような響きがあった。


「はい。面倒ですし、意味がありませんので」


 クロの返答は実にあっさりとしていたが、その声音には一切の偽りがなかった。ギールは目を閉じ、長く息を吐く。その肩がわずかに緩み、安堵の色がその顔に浮かぶ。同じく、グレゴの表情もどこか柔らいだものになる。だが――それでも気になることが一つあったらしく、再び口を開いた。


「ところで……クロ。その肩の“犬”なんだが」


 グレゴの視線は、じっとクロの肩にとどまる小さな獣へと注がれていた。


「映像に映っていた、あのバハムートウルフ……まさか、そいつなのか?」


「はい。クレアは――ヨルハの分身体です」


 そう答えたクロは、そっと肩に視線を移す。


「クレア、挨拶を」


 一拍、間があった。それからクレアがぴくりと耳を揺らし、ゆっくりと体勢を整える。その声は静かで、だがはっきりとした輪郭を持っていた。


「……私は、クロ様――バハムート様の眷属、ヨルハ。この姿は分身体で、名はクレアと申します。……あと、犬ではなく狼です」


 最後のひと言だけは、わずかに刺すような鋭さを帯びていた。その厳かな口調に、一瞬空気が張り詰めかけたが――


「喋るのね。……可愛いわ」


 ジンがふっと目を細め、柔らかく微笑む。驚きはあっても怯えはなく、その声には、母性すらにじんでいた。クレアは何も返さず、ただ小さく耳を動かしただけだった。けれど、その仕草は一種の応答にも見えた。


 その空気のなかで、グレゴがふうっと深く息を吐き、眉間を押さえながらギールに向き直る。


「……とりあえず、これが現状だ」


 言い終えると、クロへ視線を移し、真剣な面持ちで続けた。


「クロ。今後、あの“消えるやつ”は、街中では絶対に使うな。目撃されたらさすがに言い訳できねぇ。これからは、ギルドの屋根裏でやれ」


 クロは小さく頷きながら、確認するように言う。


「つまり……これからは、ギルドの屋根裏を転移用のポイントとして使ってもいい、ということでしょうか?」


「ああ、そういうことだ。いいな、ギール」


「また勝手に話を進める。俺が今のギルマスなのに……」


 ぶつぶつと文句をこぼしながらも、ギールは諦めたように片手を上げて返事をする。


「……まあいいよ。屋根裏なら人目もつかないし、使っていいよ。この執務室を出た扉の横に、屋根裏へ通じる階段がある。ただし、条件付きでね」


 そして、クロの目を真正面から見据えて言った。


「条件はひとつ。“隠し事はなし”。いいね? そうしないと、グレゴやシゲルさんが言ってた“ポン”を、またやらかすかもしれないからね」


 ギールの声に怒気はなかった。けれどその言葉には、信頼と、そして期待がしっかりと込められていた。


「それでは、私とクレアはこれで――」


 クロは静かに立ち上がりながら言い、肩に乗るクレアへと視線を落とす。


「これからも、クレアを連れてきて構いませんか?」


 その問いに、ギールは軽く頷いた。


「いいよ。ただし、大人しくしててね」


 そう言って、ふと口調を改める。


「それから……今後の依頼だけど、ギルドでも家でもどちらで受けても構わない。ただし、報告だけは必ずギルドに来てくれ。これは絶対だよ」


 頷き動こうとしたクロに、ギールが手を挙げて制する。


「――ちょっと待って。まだ、もうひとつあるから座って」


 促され、クロは少し首をかしげながらも再び腰を下ろした。ギールは椅子にもたれながら、視線をグレゴへ向ける。


「あと、依頼完了時の証拠についてだ。……正直、今のままじゃ怖すぎる」


 続けざまに、グレゴが口を開く。


「今回の件で痛感した。……クロの証拠映像に頼るだけってのは、リスクが大きすぎる。特に、お前みたいな“ポン”の達人だと尚更だ」


 グレゴの指摘は淡々としていたが、重みを帯びていた。


「シゲ、クロのコックピットって今どうなってる?」


 問いかけに、シゲルは少し眉をしかめながら、面倒そうに答える。


「アヤコ製の擬似コックピットアプリだ。端末内でアバターを動かして、あたかも操縦してるように見せてる。通信や映像会議なんかの時は、そのアバターが前面に出る仕組みだ」


 そして、肩をすくめながら続ける。


「中身の機能は最低限。戦闘ログとID検知、それに通信記録くらいだな。あとは、本人がそこに“いる”ように見せる演出がメインだ」


 その説明に、ギールは額を押さえ、深くため息をついた。


「……アヤコちゃん、やってくれたね。完全に違法か~。いや、うん……でも、それしか方法がないのも事実か」


 一拍置いて、ギールは顔を上げ、真剣な声で続ける。


「ただ、それだと海賊や犯罪集団の殲滅なんかはいい。機体や戦艦のIDを記録しておけば、ログで裏付けも取れる。でも――他の依頼、特に獣や人相手の討伐任務はどうする?」


 その場に、静かな緊張が落ちた。ジンもグレゴも、そしてギールさえも言葉を探していた。ただ一人、クロだけが、淡々とした表情のままギールの言葉を静かに受け止めていた。そんな沈黙を破ったのは、椅子の背にもたれたままのシゲルだった。


「――バカか。これだからギルドは堅物だって言われるんだよ」


 その一言に、場の空気がぴりりと張る。


「人間相手なんてのは、殺すか捕らえるか。そのどちらかだ。だったら証拠なんて現場で明白だろうが。死体がある、本人がいる、それで充分だ」


 場の全員がシゲルに視線を向ける中、彼は続ける。


「問題は“獣”の方だろ? なら、宇宙の熱源反応や重力の歪みをログに記録しときゃいい。熱源が消えたとか、異常重力が解消されたとか、そのデータが一貫して残ってりゃ、それで証明になる」


 ジンが小さく目を細める。その視線には、ただの突飛な思いつきではないという確信があった。


「つまり、端末に常時稼働する計測用アプリを入れればいい。対象は、熱源・重力・質量……必要な項目は全部。で、バハムートとヨルハの反応は除外設定にしておく」


 言いながら、シゲルはクロの端末をちらりと見る。


「そうすりゃ、クロが戦闘に入った瞬間から“何がどう存在して、どう消滅したか”っていう物理的変化を、自動で記録できる。……映像がなくても、証明には十分だろ」


 その言葉に、グレゴがゆっくりと腕を組み直す。


「なるほどな……理に適ってる。問題は実装と精度か」


 ギールは目を見開いたまま、呆れたように――それでもどこか感心を滲ませ、深くため息をついた。


「……シゲルさんって、たまに天才じみたこと言いますよね」


 そう漏らしたその声には、皮肉混じりの本音。それを聞いたシゲルは、鼻で笑いながらクロの頭を指先で軽く、ぺしぺしと叩く。


「たまにじゃない。天才だ」


 どこまでも即答。即座に自己肯定。そして、満足げに頷きながら言い放った。


「……まあ、それでこいつがちゃんと稼いでくれるなら、それでいい。アプリはアヤコに依頼しておく。三日もあれば形にはなるだろ」


 そう言って、じろりとクロに視線を向けた。


「請求書は、当然出す。仕事なんだからな。いいか? しっかり稼いでこい。元を取らせろ」


「はい。……お手やわらかに」


 クロは肩をすくめながら、小さく笑みを返した。そのやり取りはまるで、どこかで何度も交わされてきたような、親しい者同士の――いや、親子の会話だった。

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