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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
二度目の目覚め
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白き帰還と黒の自由

誤字脱字の修正をいたしました。

ご指摘ありがとうございます。

 依頼人の元へ向かう道すがら、クロはキャリー型ケージを軽く持ち上げる。視線の先には、ケージの奥で身を縮めている白猫――シロの姿。


「……シロ。俺の言葉が通じているな」


 低く、静かな声で語りかける。


 シロはおびえた様子で耳を伏せながらも、じっとクロを見返していた。クロはケージを顔の高さまで持ち上げると、正面からゆっくりと視線を合わせる。


「落ち着け。とって食うわけじゃない。お前を……元の飼い主のところへ返す。それだけだ」


 言葉の節々に、強さよりも“重さ”がにじんでいた。


「心配してた。……だから、これから外に出るときは、気をつけろ」


 淡々と、だが確かに“願い”のような響きを込めて、クロは言い聞かせる。


 すると――


 シロが、小さく首を縦に振った。


 明確な意思表示。たしかに、通じている。


 クロはわずかに目を細めると、静かに歩を進めた。


 ほどなくして、ハナミの家が見えてくる。前回と同じように、門扉の前で立ち止まり、チャイムのボタンを押す。


 電子音が鳴るのと同時に、インターホンから柔らかな声が返ってきた。


『はい。……クロさんですね。お入りください』


 名乗るよりも早く、門扉が開く。それに続いて、玄関の扉も、迷いなく自動で開かれた。


 クロが敷居をまたぐと、すでにハナミが玄関先に立っていた。視線はまっすぐ、クロが手に持つキャリー型のケージへと注がれている。


「リボンと鈴はありませんでしたが……血統書と、生態データで確認しました。間違いなく、シロです」


 淡々とした口調でそう告げると、クロは静かにケージを床へと置き、その扉を開ける。


 次の瞬間。


「――シロ!」


 ハナミの呼びかけと同時に、シロが勢いよく飛び出した。小さな身体は一直線にハナミの足元へと向かい、迷いなく頬を摺り寄せる。しっぽを揺らし、甘えるように身体をこすりつけた。


 ハナミはしゃがみこみ、シロをそっと抱き上げる。その頬に、ぽろりと涙が伝った。


「……よかった。ほんとに……よかった……」


 クロはそんな光景に何も言わず、そっと端末を操作する。依頼完了の画面をホログラムで表示し、ハナミの前に差し出した。


「……依頼完了のサインをお願いします」


「はい……はいっ、ありがとうございます!」


 涙で少し滲んだ声とともに、ハナミは手を伸ばし、ホログラムに指でサインを記入する。その手には、シロがすっぽりと抱かれていた。


「チップは取れてしまっているので、動物病院での再施術をお勧めします」


 クロの声は淡々としていたが、言葉には確かな配慮が込められていた。


「わかりました。本当に……ありがとうございます!」


 ハナミは深々と頭を下げ、その腕の中では、シロが静かに喉を鳴らしていた。


 クロはそれに一礼を返すと、くるりと踵を返して玄関を後にする。


 そのときだった。


「――ニャァ」


 扉が閉まる直前、小さな鳴き声が背中越しに届いた。それは、まるで“ありがとう”とでも言っているかのように聞こえた。


 クロは立ち止まりはしなかったが、足を進めながら、ほんのわずかに目を細めた。


 依頼は完了した。だから、次は報酬を受け取る番だ。


 コロニー内を歩きながら、クロはギルドへ向かっていく。その足取りは静かで、けれど確かな手応えがあった。


 頭上には、サイレンの音がゆるやかに響き始める。それは、昼と夜の境界を知らせる“合図”だった。


 空を巡るミラーの角度が、少しずつ変わっていく。それにあわせて、街の影が長く伸び、やがて歩道の脇には、灯りが一つ、また一つとともり始める。


 ゆっくりと、夕暮れがコロニーに降りてくる。長く伸びた影が交差し、ミラーの反射光が赤みを帯びて建物の壁を染める。その中を、ひとりの少女が歩いていた。


「……面白かった。これが、“自由”か」


 ぽつりと漏らした声は、空に溶けるように柔らかく響く。


「久しいな。本当に、久しく味わった感覚だ……」


 足を止め、クロは夜の気配が静かに満ちていく空を仰ぐ。そして、小さく笑った。


「今……俺は、ここで生まれ変わった。第二の転生……そうだ。俺は“クロ”」


 声に力がこもる。胸に込めた感情が言葉となり、溢れ出していく。


「ありがとう、女神。あの退屈な数千年は――この瞬間のためにあった!」


 誰もいない公園。すでに子どもたちの声はなく、滑り台やベンチが夕闇に沈みかけている。クロの叫びだけが、夜を迎える静寂の中に確かに響き、そして――風に乗って、消えていった。


 ひとしきり感情を吐き出すと、クロはふぅと息を吐き、再び歩き出す。ギルドへの道は、まだ遠い。


 だが、その歩みは軽く、力強く、何より――楽しげだった。


 誰に縛られるでもなく、何者にも命じられない。ただ、自分の意志だけで選び取る一歩。


 夜の静けさの中で、黒髪の少女が歩く姿は、まさに“自由”そのものだった。

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