嘘の代償と、にぎやかな家族
買い物を終え、クロとアヤコは、エアカーのあるタワー式立体駐車場へと向かっていた。歩調は軽く、顔にはそれぞれの“満足”が浮かんでいる。
――ただし、一人を除いて。
「待てぇぇぇッ! なんでだよ!? 酒! つまみ! フェアやってねぇじゃねぇか!!」
立体駐車場に響き渡るシゲルの叫び声に、周囲の人たちが振り返る。
「いいじゃない、前にまとめ買いしてたでしょ。あれ、まだ大量に残ってるんだし」
「良くねぇぇぇぇぇッ!! つーか、クロ! お前っ……」
「高級酒、買いましょうか?」
クロの冷静な一言に、シゲルの足がぴたりと止まった。言いかけた口は固まり、顔は真顔のまま静止。ほんの一秒の沈黙ののち、口がゆっくりと閉じていく。
「このデパートに、お酒の専門店あります? お姉ちゃん」
クロの問いかけに、アヤコは肩をすくめて微笑む。
「あるよ~。でも、高級酒ってどのくらいの予算で考えてるの?」
アヤコが軽い調子で問い返すと、クロは即座に数字を示した。
「50万Cまでで、どうです?」
クロの一言に、シゲルは腕を組み、うーんと唸る。ここで手を打つか。それとも――もう一段階、釣り上げるか。酒とクロとアヤコの視線が、脳内で激しくせめぎ合っていた。
「……クロ。お前、俺を騙したよな?」
「はい」
即答。
「で、今、その罪を“酒”で水に流そうとしている」
「はい。謝罪と補償、兼ねてますから」
「なら――100万!」
「55万で」
「なにぃ!?……じゃあ、90!」
「……60です」
「85!!」
「…………70」
絶妙な間を置いて、シゲルは口角を上げ、手を差し出した。
「……よし! それで手を打とう!」
その瞬間、静かに交渉は成立した。まるでビジネスの一幕のように――片方は本気、もう片方は冷静そのもの。
そのやり取りを見ていたアヤコは、思わず肩をすくめる。
「ねぇクロ……今の、勝ったのはどっち?」
すぐ隣でやり取りを見ていたアヤコが、呆れ混じりの口調で問いかける。
クロは少しだけ目を伏せ、それから静かに首を横に振った。
「……譲りました。嘘をついていましたので」
「……だよね」
アヤコは苦笑しつつ、納得の表情を浮かべる。クロの口ぶりは相変わらず淡々としていたが、その言葉にはきちんとした“責任”の感覚が宿っていた。
「全く……クロ様に、そこまで言わせてしまうとは……」
クロの肩に乗ったクレアが、小さく眉を寄せるようにして呟く。その声音には、心配とも、自責ともつかない響きがこもっていた。
だが、クロはそれを受け止めるように、ほんの少しだけ笑みを浮かべて応える。
「いいんですよ、クレア。あのとき、私がフェアだと偽ったのは事実ですし――これくらいの出費は、償いとして当然です。それに、どうせまた稼げばいいだけのことですから。……クレアも、狩りで手伝ってくれますよね?」
その問いかけに、クレアは即座に、力強く頷いた。
「はいっ! 勿論です、クロ様!」
尻尾をぴんと立て、胸を張るように答えるその姿は、まるで任務に向かう騎士のようでもあり――どこか誇らしかった。
そのやり取りを横で見ていたアヤコは、ふと小さく息を吐いてから、二人を見やる。
「ほんと、変なコンビ……でも、いい感じだね。狩りも、家族の買い物も、なんか全部まとめてうまくやってる」
軽く肩をすくめながらも、その声にはしっかりとした信頼と温かさがにじんでいた。
「行こうか。行かないと、またうるさいよ」
アヤコが苦笑しながらそう促す。軽く肩をすくめたその仕草は、呆れと愛情のちょうど中間。けれど、その声色にはしっかりとした信頼と、どこか姉らしい温かさがにじんでいた。
「そうですね」
クロも静かに頷き、歩き出す準備を整える。足取りは落ち着いているが、どこか柔らかく、以前よりもずっと“人間らしい”。
「早くしろ! こっちは酒が待ってんだぞ!」
不意に、ひときわ大きな声が響いた。声の主はもちろん――先に店舗へ向かったはずのシゲルだ。どうやら入り口で立ち止まって、待ちきれずに叫んでいるらしい。
「じいちゃん……恥ずかしいってば……」
アヤコは思わず顔を手で覆いながら、足早にシゲルの方へ向かう。
「せめて店の中じゃなくて良かったけど……ほんとやめてよね、公共の場で叫ぶの……」
「声が通るのは男の特権だ!」
「それで得してる人、見たことないけど!?」
言い合いながらも、どこか弾むような足取り。その後ろで、クロとクレアも少し遅れて歩き出す。肩の上で尻尾を揺らすクレアが、静かに問いかける。
「クロ様。……家族って、にぎやかですね」
「ええ。……悪くありません」
クロはそう言って、小さく笑った。