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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
家族としての始まり
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逃げられないフィッティング

 案内されたのは、試着室に似たスキャナーだった。


「お客様、服を着たままで構いません。この中心線にお立ちください」


 そう促す店員の声は穏やかで、空間には柔らかな音楽とアロマの香りがほんのり漂っていた。


 クロは線の上に足を揃えようとして、そこではたと気づく。


「お客様……子犬をお預かりしてもよろしいですか?」


 肩に乗ったままのクレアの存在を、完全に忘れていた。


「すみません。クレア、大人しくしててくださいね」


 そっと両手でクレアを抱き上げ、店員に預けると、改めてクロは中心線に戻った。


 スキャンはわずか数秒。足元から走った光が全身を一度なぞり、空中に軽やかな光のラインが走るとすぐに終了した。店員が端末にデータを転送する間に、クレアも元の定位置――クロの肩に戻っていた。


「すみません。シンプルで構いませんので、動きやすいものでお願いします」


 真顔でそう言うクロに、アヤコは額に手を当てながら小さくため息をつく。


「……クロ。女の子なんだから、もうちょっと可愛げってものをね?」


 そう言いつつ、店員に向き直る。


「この子、ハンターなんです。動きやすさと耐久性が一番大事なんだけど――できれば、かわいくて派手なやつで。おすすめありますか?」


 店員はすぐににっこりと笑い、端末のディスプレイを見せてくる。画面に映し出されたのは、ピンクやパープル、ネオンブルーといったカラーに加え、レースやラインストーンがきらめく最新モデルの数々だった。しかも、そのすべてが「形状記憶フィット加工」「温度調整機能」「消臭・耐衝撃繊維」など、ハンター仕様にも対応済み。


「こちらはいかがでしょう? バトルスーツのインナーにも対応していて、なおかつ見た目は華やかでファッション性も高いモデルになります。人気はこの“エアフロウ・リボン”シリーズですね」


 クロは表情を変えずにディスプレイを見つめ、そしてぽつりと呟いた。


「見た目のインパクトが強いですね……」


「でしょ? でも性能もいいの。いざってとき、見えた時に可愛いってのは大事なんだから」


 アヤコがさらりと畳みかけると、クロは小さく息を吐いた。


「……必要なら仕方ありません。選んでください」


「よっしゃ、任された!」


 アヤコは気合い十分に端末を操作し始める。その背後で、クロは心の中でそっと呟いた。


(……必要の基準がだんだん曖昧になってきた気がするが……)


 クロは内心でそう呟きつつ、知識のない分野での選択をアヤコに委ねることにした。そして――選ばれたのは「エアフロウ・リボン」シリーズ。


 店員は端末で在庫を確認しながら、丁寧に説明を始める。


「こちら、カラーや柄はすべてお手持ちの端末から切り替え可能です。クロ様の衣服システムと互換性がありますので、連動も簡単ですよ」


「へぇ、便利だね」


 アヤコが頷くのを横目に、店員は本題に入る。


「そして本製品の最大の特長は“フィット補正機構”です。従来の下着では、日常動作――たとえば歩く、走る、座るといった動きの中で、微妙なズレやヨレが発生しやすく、違和感や不快感につながることがありました」


「……わかる。それ。座ったあとに裾が上がってたり、ズレたの気づかなくて変な感じになるの」


 アヤコが共感を込めて口を挟むと、店員は頷いて続けた。


「本モデルには“マイクロエアパッド”と“体圧感応センサー”が内蔵されており、常時、着用者の身体ラインに応じて形状を微調整します。動きに合わせて内部の空気圧が変化し、最適な密着状態を維持。万が一、ズレや歪みが生じた際には、センサーが即時補正信号を出し、自動で再調整が行われます」


「……つまり、着けてる側は何もしなくても、ずっとフィットし続けるってこと?」


「はい。しかも通気性・伸縮性・制菌性能も高く、日常にも戦闘時にも対応可能です」


 クロは黙って聞いていたが、内心では少なからず感心していた。ただの装飾ではない。これは――機能性を極めた“装備”だ。


「……なるほど。見た目とのギャップがありますね。てっきり、見映え優先かと」


「それも大事。女の子の装備は“見せても安心”ってのが、基本だからね!」


 アヤコが笑いながらそう締めると、クロは小さくため息をついた。


「……必要な装備、ということで、受け入れておきます。では、服を見に行きましょう」


 クロが静かに話を切り替えようとした、まさにその瞬間――


「待った。試着がまだだよ」


 アヤコが軽やかに釘を刺すように言い、すかさず店員へと声をかけた。


「店員さん、試着用の簡易インナーってありますよね? リサイクル素材のやつ」


「はい、ご用意しております。再生高分子繊維を使用した清潔仕様で、試着後は即時回収・分解処理されますので、ご安心ください」


 にこやかに説明する店員に、アヤコはすぐさま続ける。


「それと、私も一緒に入っていいですか? 妹なんですけど、こういうの苦手で。見張ってないと逃げそうなんで」


「お姉さまとご一緒であれば問題ありません。どうぞご案内ください」


 穏やかな店員の笑顔がまぶしい。しかし、クロにとってはその笑顔こそが恐怖だった。


(……この体で、誰かに裸を見られるのは……初めて……)


 ぐっと喉の奥が詰まるような感覚。心拍数が静かに上がっていく。


「いえ、試着は……必要ないかと……」


 小声での抗議に、アヤコは一言、容赦なく切り捨てる。


「だめ。ちゃんとしなさい」


 言い切るその口調に、クロは観念して目を伏せた。


(……女神。ビンタ一発追加)

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― 新着の感想 ―
orz←女神
往復ビンタされる女神様。。。w もうやめて!女神様のライフはゼロよ!!w
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