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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
家族としての始まり
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はじめての街へ、三人と一匹

「では、いいです。お姉ちゃん、行きましょう」


 クロは軽く姿勢を正し、玄関の方へと向き直る。


「あ、そうだ。今回も依頼で少し儲けが出ましたので、お姉ちゃんに前に言っていた通り――欲しいものがあれば、遠慮なく言ってください。私が買います」


 その一言に、ソファでだらけていたシゲルの耳が、ぴくりと反応した。


 クロは続けて、肩に乗るクレアへと視線を向ける。


「クレアにも、何かひとつ買ってあげたいですし……お父さんは来られないようですので、今回は“無し”でもいいですか? 前にお酒とおつまみは買いましたし」


 最後の言葉には、どこか遠慮がちな響きが混ざっていた。だがその分、クロなりの“線引き”が込められているようにも感じられる。


 アヤコはそんなクロの意図にすぐ気づき、ふっと笑うと、そのまま話に乗った。


「そうだね。そういえば、近くの総合デパートでお酒のフェアやってたけど……まあ、いいか。クロの能力使えば、家具なんかはその場でしまえるしね」


 ニヤニヤと笑いながら、靴を履き始める。


 “お酒のフェア”という言葉が、シゲルの耳にしっかりと届いた。だが――ここで反応するのは悔しい。そう思ったシゲルは、動かないと決め込み、ソファにさらに沈み込む。


 ……が、その時。


「おつまみのフェアもあったけど……いいか」


 アヤコのトドメの一撃が、静かに、しかし鋭く放たれた。


「待った! しょうがないな、連れてってやる」


 がばっと上体を起こしたシゲルは、顔をそむけながらもぶつぶつと付け加える。


「それに……クロの能力で家具なんか運んだら、一発でおかしいとバレる。だから大人が付き添わないとな」


 ぶつぶつと理由を並べながら、シゲルは立ち上がり、そのまま部屋へと引っ込んでいく。どうやら着替えに向かったらしい。


 アヤコとクロは顔を見合わせると、無言で小さく頷き、手を取り合う。


 ――作戦成功。


 だが、ひとりだけ状況が理解できていない者がいた。クロの肩に乗ったクレアは、きょとんとした顔で目をぱちくりさせている。


「クレア。駆け引きとは、相手にどう動いてほしいかを考え、そのための言葉や態度を選ぶことです。狩りで言えば、罠を張るようなものですね」


 クロがさらりと解説を添えると、すかさずアヤコが振り返った。


「いや、物騒すぎるでしょ、それ」


「でも、クレアにはわかりやすいかと」


 クロが淡々と補足すると、クレアは目を輝かせて頷いた。


「はい。しっくりきました。なるほど、生活の中でも狩りをするんですね」


 うんうんと真面目にうなずくクレア。その姿は、妙に納得しているようだった。


 だが、すぐ隣でその会話を聞いていたアヤコは、ため息混じりに首を横に振る。


「いや、しないよ。狩りなんて。日常生活で使う言葉じゃないからね、それ」


 アヤコのツッコミが炸裂した、そのとき――部屋の奥から、着替えを終えたシゲルが戻ってきた。


 アロハシャツに、派手なハーフパンツ。柄の主張が強く、妙に陽気な色合いが目にまぶしい。


 それを見た瞬間、アヤコは目を細め、クロは静かに瞬きを繰り返す。


「じいちゃん……若作りがひどいよ……」


 呆れ声でそう漏らすアヤコに、シゲルは鼻を鳴らして胸を張る。


「何言ってんだ。ワイルドだろ?」


 そのまま、シゲルはクロとアヤコを押しのけるように前へ出ると、勢いよくサンダルを履き――いの一番に玄関のドアを開けた。


 そのまま何の迷いもなく、エアカーへ一直線。


 あまりの気合いの入りように、クロは小さく苦笑し、アヤコは堪えきれず吹き出す。


「じいちゃん……怒るかな? 酒フェアなんてやってないって言ったら」


 肩を揺らしながらそう言うアヤコに、クロは静かに答える。


「その時は、高級なお酒とおつまみで対処すれば大丈夫だと思います」


 その返しに、アヤコは破顔しながら頷いた。


「それもそうだね。行こう、クロ、クレア」


「はい」


「――人の世界。楽しみです」


 クレアはそう言って、胸を躍らせるようにクロの肩で身を起こした。


 エアカーに向かうと、そこにはすでに乗り込んで準備万端のシゲルがいた。サングラスまでかけ、完全に“やる気モード”で運転席にふんぞり返っている。


「早く行くぞ。酒、おつまみ――いいよな?」


 わざわざクロに確認してくるその姿に、クロは小さく苦笑した。


「いいです。好きなだけどうぞ」


 満足げに頷くシゲルを横目に、アヤコはため息まじりにクロへ顔を寄せる。


「いいの? こんなに調子乗らせて」


 ひそひそと耳打ちされても、クロの答えは穏やかだった。


「はい。だましているお詫びです」


 そう返すクロの顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。


 それはアヤコにとって、初めて見る表情だった。ふと視線を向けたその横顔に、どこかあたたかな空気が漂っていた。


(そっか。少しは、気の置ける家族になれたのかな)


 そう思いながら、アヤコは助手席へと乗り込み、クロとクレアもエアカーの後部座席に乗る。


 扉が閉まり、エアカーが静かに発進する。行き先は、総合デパート。


 街のにぎわいに向かって――三人と一匹は、軽やかに走り出した。


 エアカーは都市環境用の高架道路に乗り、静かにスピードを上げていく。窓の外には、緩やかな曲面を描いたコロニーの天井――そこに投影された昼空と、ミラーからの柔らかな光が広がっていた。


 クレアはクロの肩の上から、まじまじと車窓を眺めていた。目をぱちぱちと瞬かせ、通り過ぎていく街並みにじっと見入っている。


「……人が、こんなに……たくさん……」


 ぽつりと漏れた声には、驚きとほんの少しの戸惑いが混ざっていた。


 道路を行き交う多種多様な人々。光る広告板、浮かぶ案内ドローン。クレアの瞳は、それらひとつひとつを吸い込むように追っていた。


「クレア。大丈夫ですか?」


 クロが静かに尋ねると、クレアはすぐに笑顔を返した。


「はい。でも、すごく不思議な感じです。にぎやかで、落ち着かないけど……見ていて楽しいです」


 その言葉に、アヤコがルームミラー越しに微笑みを返す。


「これが“街”だよ。目的もないのに出かけてく人が山ほどいるんだから」


 クレアはまたひとつ首を傾げたが、それでも表情は嬉しそうだった。


 エアカーの前方、ゆるやかなカーブの先に、巨大な複合施設が姿を現す。反射ガラスと広告ビジョンに覆われたその建物――総合デパートが、もうすぐそこに迫っていた。


 買い物と、ちょっとした非日常が、彼女たちを待っている。

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