夢を抜けて、ロックと鋼の店へ
ホテルの部屋に戻ったクロは、服を脱ぎ、シャワーを浴びた。熱めの湯が肩を打ち、髪を伝って滑り落ちていく。今日という一日を洗い流すように、無言で目を閉じた。
バスルームを出ると、ベッドへと身を沈める。柔らかな寝具に包まれながら、クロの意識は静かに、深く沈んでいった。
――そして、夢を見る。
どこか懐かしい風景。霞んだ空の下、古びた石畳の広場。その中央で、一人の女性が困ったように首をすくめていた。背後では、風に揺れる旗のようなものがちらつき、何かの象徴のように見えた。
向かいには、年かさの男がいる。低く、押し殺したような怒りを込めて何かを言っている。
女性はじっと聞いていた。やがて、静かに頭を下げ、申し訳なさそうに何かを返す。
言葉の内容は不明瞭。けれど、その場に流れる空気と感情だけが、なぜか――鮮やかだった。
(……あれは、なんだろう)
胸の奥にざらりとした感触が残る。そう思った瞬間、夢の景色は泡のように崩れ、色も匂いも溶けていった。
クロは、ゆっくりとまぶたを開けた。
カーテン越しに、傾きかけた午後の光が射し込んでいる。白い天井を見つめたまま、しばらく息を止め――それから、短く息を吐いた。
「……昼、過ぎてる……」
微かに掠れた声が、静かな部屋の空気を震わせた。
身支度を整え、ホテルを後にする。向かう先は――ロック・ボム。
目的はひとつ。
充電の為、預けたまま、すっかり忘れていたビームソードとビームガンの回収。
(……今の今まで、完全に抜けてた。こんなこと、普通じゃしない)
自分のうっかりに、苦笑を浮かべる。夢見が悪かったせいか、どこか気が抜けている。
道を歩きながら、ふと横道の植え込みに潜む猫の視線を感じた。――一瞬、白い尻尾が揺れたような気がして、クロは立ち止まりかけたが、すぐに首を振って歩を進める。
何度か道を間違えながらも、通りを抜けて、ようやく目的地が見えてきた。
ロック・ボム。
店の外まで届いてくる、爆音のギターリフ。それは相変わらず、どこか破天荒で、賑やかで、――妙に落ち着く音だった。
扉を開けた瞬間、店内にロックの爆音が響き渡った。壁を伝ってきたベースラインが、まるで空気そのものを震わせている。
――初めて訪れた時と、何も変わっていない。
「こんにちは!」
クロは声を張り上げて挨拶するが、案の定、音にかき消されてしまった。まったく届いていない。
仕方なくカウンターへと歩を進め、距離を詰めた上でもう一度、今度はやや控えめに声をかける。
「こんにちは」
すると、奥からひょいと顔をのぞかせたのは、長い金髪を後ろでひとつにまとめたウェンだった。
「はーい。あっ、クロ! やっぱり忘れ物、取りに来たのね?」
にっと笑い、悪戯っぽく目を細めながら、カウンター下の棚をゴソゴソと探る。
「えっとね……あったあった、“忘れ物”箱」
そう書かれたシール付きの箱から、ビームソードとビームガンを取り出してカウンターに並べる。
「はい、これ。ちゃーんと保管してたよ。……って、実は私もちょっと忘れてたんだけどね」
照れたように舌を出すウェンに、クロはぺこりと頭を下げる。
「すみません。これからは、気をつけます」
「ううん、大丈夫大丈夫! 無事だったし、それでオールオーケー♪」
軽快なやりとりが交わされる中、店内のロックは相変わらず元気に鳴り響いていた。
「それと、先にリボルバーの支払いを済ませておきたいのですが、大丈夫ですか?」
クロの申し出に、カウンター越しのウェンがにこっと笑って頷く。
「もちろん。計算するから、ちょっと待っててね」
端末を操作しながら、ウェンはふと思い出したように顔を上げた。
「そういえば、クロ。リボルバーなんだけど――面白いパーツがあるんだけど、興味ない?」
そう言って、端末からホログラムを投影する。映し出されたのは、リボルバーの下部に取り付け可能なビームカッターの図面だった。
「これね、砲身の下に装着できるオプションでさ。たとえば、銃撃戦の最中に急に接近戦になったとき――これで牽制できるし、外して単体のビームカッターとしても使えるの。便利でしょ?」
ウェンは得意げに説明しながら、端末を回してクロにも見せる。
「……商売が上手いですね。ください」
即決するクロに、ウェンは嬉しそうに頬を緩めた。
「やった♪ じゃあ再計算っと……えっと、パーツ分を加えて――割引込みで、合計900万Cでどう?」
「リボルバーはもともと割り引いていただいていますので、それで構いません」
「お買い上げありがとう♪」
ウェンが端末から請求書のデータを送ると、クロは即座に支払い処理を完了させる。
支払い通知を確認しながら、ウェンが目を細める。
「……って、かなり儲かったみたいだね? でも、アヤコの支払いは大丈夫だったの?」
「すでに完了してます」
「おぉ~。じゃあさ、開発費もいけちゃったりする?」
「……まずは、設計からですね」
あくまで冷静に返すクロに、ウェンはくすりと笑って頷いた。
窓の外には、白い猫がじっと覗いていた。