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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
二度目の目覚め
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家族になるその日まで

 何度やっても、人の姿になれない。


 ヨルハの分身体が創るのは、いつだって豆柴ほどの小さな狼の姿だった。


「……くそ、なんでだ? しかも無駄にかわいいのはなぜなんだ」


 不満げに呻くと、傍らのヨルハが静かに口を開いた。


「……そこは、私にも分かりません。ただ、原因は一つ、心当たりがあります」


 顔を上げ、視線を真っ直ぐに向けてくる。


「恐らくですが……私が“人間”という存在を、よく知らないからだと思います」


「……それだけで?」


「ええ。推測ですが形を成すには、明確なイメージが必要なのではないでしょうか。ですが私は、人というものを――言葉や外見ではなく、内面まで含めて理解していない。だから己自身が一番わかる存在にしか、出来ないのではないのかと」


 淡々とした声音に、どこか悔しさが滲んでいた。


「……じゃあ、そのサイズの問題は?」


「これも恐らくですが……生まれて間もないからだと思います」


「え、生まれて間もないって……何歳?」


「正確ではありませんが……およそ、三年ほどです」


 あまりにも自然に告げられたその数字に、クロの口から思わず素の声が漏れた。


「えっ、まだその程度だったんだ。……ごめん、もっとこう、風格とか雰囲気的にさ。十年は経ってるものだと」


 悪気はまるでない。だが、その何気ない言葉に、ヨルハは一拍だけ間を置いた。


「…………なぜでしょう。少し、傷ついたような気がします」


 感情の起伏を抑えた声だったが、どこかほんのりと拗ねたような、微かな響きがにじんでいた。


「それは、すまない。……では、その姿で行こう。次は“意識の核”の移動だ」


 クロはそう言うと、またもや説明を始める。だが、その内容は――相変わらず抽象的だった。


「こう……分身体に向かって、意識が“移動する”感覚だ。すっとこう、入っていく感じで……」


「クロ様、説明が……下手すぎます」


 思わずヨルハが冷静に指摘する。口調こそ丁寧だが、その刺は鋭い。


「…………自覚はある。ただ、どうにもな。俺は最初から出来ていたことだから、上手く言葉にできん」


 そう言いながら、クロは頭をぽりぽりと掻いた。わずかに困ったような顔で、言葉を探すように間を置く。


「……そうだな。まずは、分身体との“繋がり”を見つけるんだ。そこを感じ取って、自分の意識を――その繋がりを伝って、外に向けて“移動”させるような……そういう感覚、だな」


 ヨルハは静かに目を閉じた。


 意識を内に沈める。まずは、自分と分身体――豆柴サイズの小さな狼との“繋がり”を探す。その糸のような感覚に触れた瞬間、自らの核――“私”という存在そのものを、そちらへと向けて押し出していく。


 滑るように、沈むように。感覚がふっと宙に浮いたような不思議な軽さに包まれた。


 そして、目を開ける。


 目の前に現れたのは――巨大な顔。光沢のある黒の装甲、滑らかな機械的な輪郭。擬態した自分自身の“ロボットの顔”だった。


 そのあまりの迫力に一瞬たじろぐ。だがすぐに理解する。見上げる視点。自分の声が聞こえない静けさ。身体の小ささ。四肢の軽さ。


(……成功した)


 確かに、自分の“視点”はあの分身体――小さな黒い狼へと移っていた。


「……成功したみたいだな。その感覚、忘れるなよ。戻る時は、本体に手を当てて――意識を戻す。それで、融合できる」


 クロの指示に、豆柴サイズの黒い狼がちょこんと頷いた。


「はい」


 その体格からは想像できないほど澄んだ、可愛らしい声が響く。思わずクロが肩をすくめる。


「……あと、俺の口調も変わるから、気をつけてな。それと、人前ではなるべく喋らないように」


「吠えるのは、問題ありませんか?」


「それは平気。……ただし、ほどほどにな」


 律儀に尋ねるその様子に、クロは少しだけ頬を緩める。そして、ふと視線を落とし、真剣な口調で続けた。


「さて……次は、名前だな」


 クロは豆柴サイズの黒い狼をじっと見つめ、しばし黙考した。その小さな瞳に映るのは、可愛らしさだけではなかった。主に従い、成長を願い、いつか“人”に近づこうとする意志――その芯の強さを、クロは確かに感じ取っていた。


 クロの言葉が静かに落ちた。


「今のその姿のときは、“クレア”と名付けよう」


 それは、夜に差す小さな光のような名だった。強くもあたたかく、どこか未来を予感させる響きがそこにあった。


「そして、もし将来、“人の姿”の分身体を成せたなら――そのときは、俺の“妹”として扱う。名は、“クロハ”だ」


 クレアの小さな耳が、ぴくりと動いた。


 “妹”――その言葉が持つ意味が、ただの名付けではないことを、彼女は本能的に理解していた。クロの名を継ぐということ。それは、単なる役割ではなく、“繋がり”としての承認だった。


「……ありがとうございます。クレア、そしていつか必ずクロハになれるよう努力します。その時まで――お待ちください……お姉様」


 クレアが、首を下げる。そこに込められたのは、誓いとも呼べる決意だった。


 クロはわずかに目を見開き、ふっと照れたように視線を逸らした。


「……気が早いが、こそばゆいな。……これからよろしく、クレア」


 名が与えられ、関係が結ばれた。


 それは、新たな“家族”のはじまりだった。

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― 新着の感想 ―
ロリっ子狼だったー!ありがとうございます!ハアハア(*´Д`)
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