真実の核心
クロは空になったカップを手に取ると、軽くすすぎ、もう一度お茶を入れ直した。湯気の立つそれをタサルの前に置き、何も言わずに再びソファーへ腰を下ろす。
急かすことはしない。声もかけない。落ち着くまで、ただ待つ。それだけだった。
やがて、タサルの嗚咽が少しずつ収まり始める。その変化を察したクレアが、すかさず動いた。そばに畳まれていたタオルを咥え、静かにタサルの前へ差し出す。
タサルは一瞬きょとんとしたようにクレアを見つめる。そして、かすかに微笑みながらタオルを受け取ると、泣きはらした顔をゆっくりと拭った。
深く息を整え、しばらくしてから、ようやく顔を上げる。
「……すいません」
掠れた声だったが、そこには先ほどまでの崩れはなかった。
「いえ、気にしないでください」
クロはそう言うと、戻ってきたクレアを膝に抱き上げ、優しく撫でる。先ほどの行動を褒めるように、耳の付け根から背へと指先を滑らせた。
それから、タサルの呼吸が完全に整ったのを見届けて、ゆっくりと口を開く。
「落ち着いたようなので、話を進めますね。黄金の聖神について……タサルさんに、もう少し詳しくお話を聞きたいんですが」
「はい」
タサルは、先ほどまで丸めていた背筋を伸ばす。泣き赤くはらした目でクロをまっすぐに見据え、迷いのない声で答えた。
「私の知る限りでよければ、すべてお話しします」
その言葉には、覚悟と協力の意思がはっきりと込められていた。
クロは一つ頷くと、問いを投げかけた。
「まず……ユウタとは、どういう人物なんですか」
タサルが答えるのを待たず、クロはさらに問いを重ねていく。黄金の聖神の組織構成。街の様子や、人々の生活。クロの質問は途切れることなく続いた。
タサルは一つ一つ、真剣に答えていった。
「申し訳ありませんが……神……いえ、ユウタについては、遠くから見たことがある程度で、直接話したことはほとんどないので詳しくは分かりません。ただ……不思議な力を使います」
「不思議な力?」
クロが首を傾げて問い返すと、タサルは神妙な面持ちで言葉を継ぐ。
「その……信じてもらえないかもしれませんが、私がユウタを崇めていたのは、それが原因です」
一度、タサルは小さく息を整えた。胸の奥に溜まったものを押し出すように、迷いを振り払って言葉を続ける。
「先ほども言いましたが、私の担当であり本職は、ドローン操作とマスターモデルの制作……それに、プラモデルのプロモデラーでした」
「それが、何か関係が?」
クロの中では、まだ話の線が繋がらない。疑問だけが、ゆっくりと渦を巻いている。
クレアも同じだったのだろう。クロの膝の上で小さく首を傾げ、その話題が今出てくる理由を測りかねた様子で、じっとタサルを見つめていた。
タサルは、その二人の表情を見て、ほんのわずかに笑みを浮かべる。それは、かつて自分自身も同じ顔をしていたことを思い出したからだった。
そして、肯定するように静かに頷く。
「ええ。……大いに関係があります」
言葉を選び、逃げ場を作らないように、はっきりと告げる。
「黄金の聖神は、全部で十二席の軍団に分かれています。そして、その軍団長や周囲の者、選ばれた部隊が扱う戦艦やRF……」
そこまで言って、タサルは一度言葉を止めた。クロが理解できる形に噛み砕く必要があると判断したのだろう。視線を落とし、短く息を整えてから、ゆっくりと言い直す。
「そのほとんどは、私たちが造形し、量子プリンターで出力し、丁寧に組み立てた――プラモデルなんです」
「……は?」
クロの間の抜けた声が、リビングに響いた。
タサルは、その訳が分からないという表情を目にして、胸の奥が少しだけ痛んだ。――昔は、自分も同じ顔をしていた。
初めてそれを目にした瞬間。そばには、マークも、シリンもいた。その後、信仰を共にするようになったサリー、ケン、アンリ。
皆で笑い、語り、同じものを作り上げた記憶。手を動かし、形にし、完成を喜び合った時間。楽しかったはずのそれらは、今ではすべて、失われたものとして胸の奥に沈んでいる。
その記憶が、確かな悲しみへと変わってしまったことを噛みしめながら、タサルは再びクロへと視線を戻した。
「信じられないかもしれませんが……」
言葉を選び、ゆっくりと重ねる。
「私が一から造形し、マスターモデルとして創り上げ、制作したオリジナルプラモデル――セフィレイム」
その名を、はっきりと告げる。
自分がいた戦艦を撃ち抜き、仲間を殺し捨てたRF。タサルが魂を込めて制作し、神――ユウタのために捧げた存在。
「ユウタが手を翳すと、それは命を吹き込まれたかのように巨大化します。量子プラスチックは本物の装甲へと変わり、内部構造も、駆動系も、武装ですら……すべてが本物になって、動き出すんです」
それが、まさか。生みの親である自分を殺そうとし、仲間たちの命を奪う存在になるなど、想像すらしていなかった。
罪悪感と、どうしようもない虚無感が胸いっぱいに広がる。タサルは俯き、そのまま言葉を失った。
「なるほど。神と言われるゆえんは、そこですか……しかし……」
クロは一度、目を閉じた。言葉を探すでもなく、考えを巡らせるでもない、短い沈黙。
やがて、ゆっくりと目を開き、感情を乗せることなく、一言だけ告げる。
「クズだな」
断じるというより、確認に近い声音だった。タサルはその言葉を正面から受け止め、否定も弁解もせず、ただ静かにうなずいた。
それが、答えだった。




