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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
お掃除開始。クロの清掃大作戦!

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名乗りと告白

 戸惑いを隠せない女性を落ち着かせるように、クロは静かな声で短く言葉をかけながら、リビングへと案内した。女性は足を止めそうになりながらも、周囲を警戒するように何度も視線を巡らせ、それでもクロの背を見失わないよう、少し遅れて後に続く。


 クロは一度その場を離れ、エルデの個室へと向かった。床に散らばった衣装の山の中から、目立たず、身体を締め付けない服を選び取る。女性の体格を思い浮かべながら、サイズを優先した結果、手に取ったのは少し可愛らしい意匠のパジャマだった。


 それを手に、クロは再び女性のもとへ戻り、言葉を添えることなく、そっと差し出す。


 女性は一瞬ためらうようにパジャマを見つめていたが、やがて小さく頷き、それを受け取った。手にしていたタオルを持ち替え、クロに背を向けるようにして袖を通し、身体を覆っていく。布が肌に触れた瞬間、張り詰めていた空気が、わずかに緩んだのが分かった。


 服に包まれた瞬間、強張っていた肩から、わずかに力が抜けていった。


 その間にクロはキッチンへ向かい、温かいお茶を用意する。湯気を立てるカップをひとつ手に取り、女性が腰掛けたテーブルの前へと静かに置いた。


「ありがとうございます」


 女性は両手でカップを包み込むように持ち、小さく礼を述べる。その声はまだ不安定だったが、一口含むと、喉を通る温かさがじんわりと全身に広がるように感じられた。呼吸が整い、先ほどよりも明らかに、表情から強張りが抜けていく。


「落ち着かれたようですので、現状を説明します」


 クロはそう前置きすると、余計な感情を交えず、淡々と話し始めた。ここがどこなのか。今、どのような状況にあるのか。必要な情報だけを選び、簡潔に言葉を重ねていく。


 その落ち着いた声音とは裏腹に、語られる内容は、女性の胸に新たな重さを落としていった。一度は和らいだ不安が、形を変え、静かに、しかし確実に広がっていく。


 彼女はカップを握る手に、無意識に力を込めていた。


 クロは一通りの説明を終えると、それ以上言葉を重ねることなく、女性の反応を待った。急かすことも、補足することもせず、ただ沈黙を受け入れる。


 女性はクロの説明を、噛みしめるように一つ一つ受け止めながら、カップに入ったお茶をゆっくりと口に運ぶ。温かさを確かめるように、少しずつ喉へ流し込み、考えを整理するための時間を自分に与えているかのようだった。


 やがて、お茶をすべて飲み終えると、女性はカップを両手で支えたまま、しばらく動かなかった。そして、音を立てないよう慎重にテーブルへ置く。


 次の瞬間、深い――それは深い息を、胸の奥から吐き出した。


「……わかりました」


 一度、言葉を切る。震えを抑えきれないまま、視線を上げてクロを見る。


「私は、捕虜という扱いですか?」


 その問いには、恐怖だけではなく、覚悟に近いものが滲んでいた。クロは即座に、しかし静かに首を横に振る。


「いいえ。貴方の事は、革命派には伝えていません」


 そう言って、クロはわずかに微笑みながら女性へ告げた。


「捕虜ではなく……私のお客様。と、言った方が良いですね」


 その言葉に、女性の胸に奇妙な感覚が広がる。確かに、安心はした。だが同時に、状況が完全に理解できたわけではないという、不安もまた残っている。安堵と警戒が、入り混じったまま胸の奥に滞留していた。


「ところで、貴方の名前は?」


 クロの問いかけに、女性は一瞬、はっとしたように目を見開く。自分がまだ名乗っていないことに、今さら気づいたかのようだった。


 慌てて立ち上がり、姿勢を正す。


「失礼しました」


 一拍、間を置き、覚悟を決めたように言葉を続ける。


「私は……元・黄金の聖神、第六席セフィレイム直属。ドローン操作およびマスターモデル、プロモデラーを務めていました」


 そして、はっきりと名を告げた。


「タサル・コヒです」


 そう名乗ったタサルに、クロは静かに頷き、改めて真正面から彼女を見据えた。逃がさない視線ではない。だが、曖昧なまま流すつもりもない、確かな眼差しだった。


「……“元”と言う事は?」


 クロが、ほんの少しだけ意地悪そうに問いかける。責めるためではない。だが、避けては通れない部分でもあった。


 タサルはその言葉に、肩を小さく震わせた。何かを言おうと唇を開き、しかし言葉にならず閉じる。視線を落とし、しばらくの沈黙の後、ゆっくりと心情を吐き出す。


「……味方を撃つような陣営には、もう居られません」


 かすれた声。それでも、言葉を止めることはしなかった。


「その行動で……私一人……いえ……多くの仲間を失っても、なんともないと思えるような場所です」


 タサルは俯いたまま、両手を胸の前で重ねる。祈るようであり、縋るようでもある仕草だった。


 背中は丸くなり、視線は床へ落ちている。その脳裏には、忘れようとしても消えない光景が蘇っていた。


 ――セフィレイムに撃たれた、あの瞬間。

 ――共に脱出ポットへと飛び込んだ仲間たちの顔。


 マーク。

 シリン。

 サリー。

 ケン。

 アンリ。


 一人、また一人と、名前と表情が浮かんでは消えていく。気が付けば、頬を伝うものがあった。


 涙だった。


 声を殺そうとしても、嗚咽が喉を震わせる。


「……マーク、シリン、サリー、ケン、アンリ……」


 途切れ途切れに名を呼び、唇を噛みしめる。


「……みんな、死んじゃった……生きてたのに……生きてたのに……」


 抑えきれなくなった感情が、堰を切ったように溢れ出す。


「……ごめん……」


 その一言を最後に、タサルは崩れ落ちるように泣き出した。身体を小さく丸め、肩を震わせながら、何度も謝罪の言葉を漏らす。


 クロは、その様子を黙って見つめていた。声をかけることも、近づくこともせず、ただ沈黙を保つ。


 クレアは心配そうにタサルへ視線を送り、続いてクロを見る。どうにかできないかと、縋るような目だった。


 だがクロは、静かに首を横に振る。


 今は、止めるべきではない。


 リビングには、タサルの謝罪の言葉と、抑えきれない嗚咽だけが、静かに響き続けていた。

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