静かな作業室と次の火種
お休みをいただき、ありがとうございました。
本日より更新を再開いたします。
ドラクエ、龍が如く、仁王――
次はどの世界へ旅立つべきか、悩ましいところです……。
これからも『バハムート宇宙を行く』をよろしくお願いいたします。
ジュンがレッド君を枕に静かに眠りにつく中、アヤコに叱られた余韻がまだ胸に残っているのか、クロは少しだけ肩を落としたまま、目の前に浮かぶホロディスプレイを見つめていた。宙に展開された無数の文字列と数値は、意味を掴む間もなく高速で流れ続けている。
クロには、その一つ一つが何を示しているのか、正直なところ理解できない。それでも視線を外さず、ただ黙って追い続けていた。自分が置いていかれているという感覚と、それを認めたくない小さな意地が、胸の奥でせめぎ合っている。
右肩に乗るクレアもまた、首をわずかに傾げたまま、クロと同じディスプレイを見つめていた。理解できていないことは、その表情からもはっきりと伝わってくる。それでも目を逸らさないのは、クロの視線がそこにあるからだ。
一方、アヤコは怒気を引きずることなく、すでに作業へと意識を切り替えていた。床に胡坐をかいて腰を落とすと、フィルタープロトコルガードに接続された端末を操作し、自身の周囲に複数のホロディスプレイを同時に投影する。展開された画面はどれも異なる情報を映し出し、アヤコの指は、まるで音ゲーでもプレイするかのように、迷いなくそれぞれを叩いていった。
流れるデータ。瞬時に切り替わる表示。その一連の動きは、もはや作業というより、身体に染みついた反射に近い。
「よく、出来ますね」
素直な感想が、クロの口からこぼれる。その間もせわしなく動き続ける腕と指先に、思わず驚愕の色を滲ませた。
「慣れだよ。慣れ」
先ほどまでの険しさは影を潜め、アヤコは苦笑するようにそう答える。その横顔を見つめながら、クロは心の中で小さく首を振った。
(慣れではできないとは思いますが)
言葉にはしなかったが、その思いはクレアも同じだったようで、困惑した表情のままクロをちらりと見上げている。
アヤコは操作を止めることなく、視線だけをクロの方へ向けた。
「クロはこの後どうするの? 解析にはまだ時間がかかるよ」
「時間がかかるのはいいんですが、皆さんも休んでくださいね」
クロはそう言いながら、アヤコだけではなく、その場にいるシゲルやアンジュたちにも届くよう、少しだけ声を張った。しかし、返ってきた反応は、大きく分けて二種類だった。
シゲルとウェンは、顔を上げこそすれ、軽い返事や曖昧な相槌を打つだけで、手元の作業から完全に離れる様子はない。スミスに至っては、クロの言葉が聞こえていないかのように、完全に無視したまま、黙々と作業に没頭している。
対照的だったのは、元気よく声を返した者たちだ。エルデとアンポンタンを含む四人は、揃って勢いよく反応し、場の空気を少しだけ明るくした。
その温度差を一瞬で理解し、クロは小さく息を吐く。そして改めて、アヤコのサポートに入っているエルデとアンジュへと視線を向けた。
「エルデ、アンジュ。休ませるようしてください。もちろんエルデたちもです。食事などは強制的にとらせてください」
真剣さを隠さないクロの言葉に、エルデは即座に応じる。
「うっす! 休ませるっす!」
その声は明るく、迷いがない。一方で、アンジュは頬をかきながら、少し困ったように笑い、短く頷いた。
「……わかりました。難しいですが、頑張りますよ」
エルデとは対照的な、その控えめな返事に、アヤコが画面から目を離さないまま、小さく愚痴をこぼす。
「大丈夫だって。それよりクロはどうするのよ」
作業音と静かな空気の中で、アヤコは改めてクロへ問いかける。クロはすぐには答えず、少しだけ思案するように視線を落とし、それから眠るジュンへと目を向けた。
レッド君を枕に、穏やかな寝息を立てる姿を一目確認してから、クロは考えを口にする。
「黄金の聖神が行動を起こす前に、一回、そのリーダー……神と崇められているユウタを見に行きたいんですが……」
「ああ、ジュンさんが寝てるから、案内を頼めないと」
アヤコは事情を即座に察し、苦笑しながら言った。クロは小さく頷き、先ほど叱られたことを思い出したのか、どこか照れたように、同じ苦笑を浮かべる。
「さすがに振り回し過ぎたので。行くのは地図を見ればいいだけなんですが……それなりに詳しい人がいるかなと」
「他の人で当てはないの?」
アヤコの問いに、クロはすぐには答えず、顎に手を当てて視線を泳がせた。その脳裏に浮かんだのは、メディカルポットの中で静かに眠り続けていた、あの女性の姿だった。
「あるにはあるんですが……」
言葉が続くよりも早く、クロの端末が短く鳴った。ホロディスプレイに浮かび上がったのは、メディカルポットでの治療完了を知らせる通知と、覚醒許可を求める確認文。それを一目で読み取ったクロの表情が、わずかに引き締まる。
「タイミングが良すぎますが。当てが目覚めたみたいですね」
そう言い残すと同時に、クロの姿はその場から消えた。転移に伴う、ほんのわずかな気配だけが残り、室内には一拍遅れて静けさが戻る。
突然の出来事に、アヤコは一瞬だけ天井を仰ぎ、深く息を吐いた。そして何事もなかったかのように視線を画面へ戻し、指を走らせながら、再び作業へと意識を切り替える。
「その“当て”って……何なんだろう」
ぽつりと漏れたその疑問に、すぐさま反応したのはエルデだった。
「当てってのはっすね……」
楽しそうに身を乗り出し、言葉を選ぶ様子もなく説明を始めるエルデ。その明るく、どこか無邪気な語り口を耳にしながらも、アヤコの胸に広がっていたのは、好奇心ではなかった。
言い知れぬ、不安。
クロが「当て」と呼んだ人物。その存在が、ジュンと同じ運命を辿ることにならないか。そんな考えだけが、静かに、しかし確実に、胸の内に広がっていった。
『ノアの歩み』を更新しました。
なかなか更新できず申し訳ございませんでしたが、今後も少しずつ続けてまいります。




