バハムート、警告の真紅
この一撃で、戦場の流れは決まる。誰の目にも、それは明らかだった。
戦場に残された者たちは、もはや動くことができない。指揮系統は瓦解し、抵抗の意思は音を立てて崩れ落ちていく。その様子を一瞬で見て取ったジュンは、迷いなく即座に回線を開き、降伏勧告を発する。
無論、全員がすぐにそれを受け入れたわけではない。一部には、最後の抵抗を試みようとする者もいた。
だが――その瞬間、バハムートが即座に動いた。今度は、上空に浮かぶ戦艦に狙いを定めると、黒い巨影は跳躍する。天を裂いて舞い上がったその身体は、剛腕を振りかぶり、再びブリーカーの体勢へと移る。その動きを見た瞬間、誰もが悟った。――逃げ場は、もう残されていない。
「ブリィーカァー!!」
低く轟く咆哮とともに、爆発が起きる。
爆炎が夜空を染め、黒煙と赤熱した破片が雨のように降り注いでいく。音の奔流の中、溶けた鋼と焦げた機構が火花を散らしながら墜落していくその中心、炎を押し裂き、姿を現すのは無傷のまま、静かに降臨するバハムートだった。
焦げた鋼鉄を足元に散らしながら降り立つその姿は、もはや人の理解を超えていた。
その姿を見た瞬間、地上にいたアウトローたちの心から、最後の抵抗の意志が音もなく崩れ落ちた。恐怖でも絶望でもない。ただの諦めだった。
戦艦内には沈黙が流れ、RFは動きを止める。基地内では武器を握ったまま立ち尽くす者があり、司令部では視線を逸らしたまま膝を折る者もいた。誰もが、もはや次の一手を考えることをやめていた。
『もう止めてくれ! 降伏する! だからもう……頼むから、もう止めてくれ!』
バハムートが次の行動を起こす前に、トゥイタマ基地の通信が、ジュンのもとに悲鳴のような声を届ける。叫びというより、嘆願だった。その声を受け、ジュンは即座にクロへと回線を切り替える。
『クロ! 相手は降伏しました。これ以上は不要です』
声に浮かぶ焦りと安堵の混合した感情。それは、ジュン自身もこの戦いの終わりを全身で悟っていた証だった。だが、バハムート――その巨影は、両手に抱えたままの引き裂かれた戦艦を見下ろし、わずかに肩を落とす。
「もう終わりですか? つまらないですね」
吐き出すような声音。その何気ない呟きが、逆に戦場の空気に凍えるような沈黙をもたらした。
ジュンの眉間に皺が寄る。感情を抑え込むように、俯くと、コメカミを押さえつつ返す。
『つまらないじゃないです! 制圧完了です! これから処理のため、すぐに部隊を派遣します!』
ジュンの叱責に、バハムートはゆっくりと顔を上げる。そしてヨルハの方へと視線を向けると、その金の瞳が微かに光を帯びた。
そして、どこか子供じみた仕草で、確認するように首を傾げながら、言葉を繰り出す。
「まだ見せてない、四十近くの殺人技があるんですが……見たくないです?」
それは「見たいですよね」と、肯定を促すような言葉だった。だが、ジュンは即座に言い切る。
『見せなくてもいいです。もう貴方の異常性は、誰もが認識しました』
それは、ヨルハ以外、その場にいた全員を代弁する言葉だった。
「え~~。折角プロレスを参考に、いろいろ考えたのに」
バハムートは、叱られた子供のように不満を漏らす。だが、その言葉とは裏腹に、感情を引きずることはない。次の瞬間には、もう次の行動へと意識を切り替えていた。
両手に抱えていた戦艦の残骸を、まるで玩具でも投げ捨てるように宙へ放り投げ、崩れ落ちる残骸が空を裂きながら墜ちていく。その一方で、バハムートは重力を感じさせないほど静かに着地する。
そして、巨躯が静かに両腕を腰へ構えると、その胸部に淡い真紅の光を灯し始めた。
『クロ! 何をする気ですか!』
ジュンが慌てて通信越しに叫ぶ。その声は震えていたが、逆に返ってくるクロの声は静かで残酷だった。
「警告ですよ。聞こえてますね、トゥイタマ基地の皆さん。私たちは、今からまた移動します」
バハムートから発せられたクロの声は、空気を震わせ、直接基地の通信網へ侵入したかのように構内へ響き渡った。
圧倒的なバハムートの姿と、クロの透き通るような言葉。その落差は、耳からではなく、内側へ染み込むように伝わってくる。
そのギャップが生む違和感こそが、逆に確かな恐怖となって、基地全体を静かに包み込んでいった。
「もし逃げ出すのなら、死を覚悟してください」
その一言が、命令でも威嚇でもないことは明らかだった。ただ“事実”として突きつけられた死の宣告。それが、アウトローたちの動きを完全に凍らせた。
「空を真紅に染めたくないのなら――大人しくしていてください」
その瞬間、胸部に宿る真紅の輝きが、目に痛いほどの熱を帯びていく。それはもはや光ではなかった。――熱量と、存在の奔流。
「バハムゥート! ブラスタァ!!」
叫びと同時に、バハムートの胸部から放たれた真紅の奔流が、空へと撃ち上がる。
それはただの光線ではなかった。天を引き裂き、雲を蒸発させ、音すらも呑み込んでいく閃光の奔流。
瞬く間に空を塗り替えるその光景は、遠くトゥキョウにまで届くほどに広がっていく。それを見た者は皆、光の美しさではなく、その底にある“警告”と“制裁”の意味を、深く刻まれることになった。




