黒き破壊竜、戦場を裂く
修正しました。
これから先の話では、登場する機動兵器を、この物語では
「リコンビネーション・フレーム」、通称「RF」と表記していきます。
今さらで申し訳ございませんが、呼び方の整理としてご理解ください。
「ヨルハは、逃げ始めた奴を優先してください」
「わかりました。バッ……クロ様は、突っ込みますか」
一瞬、バハムートと呼びかけかけたヨルハは、舌先で言葉を噛み殺した。危うく零れかけた名を飲み込み、そのまま肩から跳び離れ、戦場全体を俯瞰できる位置へと移動を開始する。
それを感じ取りながら、バハムートは一度、軽く首を回した。そして、静かに――目の前を見据える。
「ああ。行ってくる」
短い返答。確認でも、気負った宣言でもない。それだけで、十分だった。
次の瞬間、バハムートは翼を大きく打ち鳴らし、一気に前へ出た。空気は逃げ場を失い、圧縮され、巨体の進路を先回りする形で押し潰されていく。地表の粉塵と破片が一斉に巻き上がり、進路の左右で防壁や設備がまとめて弾き飛ばされた。
速度は、もはや感覚として捉えられる域を超えていた。
迫りくる無人ドローンとRFが迎撃に入る。迎撃陣形が展開され、射線が重なり、衝突回避計算が秒単位で更新され続ける。演算は最適解を選び続けていた。
だが、それでも意味はない。
衝突――否。質量そのものによる蹂躙が、静かに、だが確実に始まった。
進路上にあったドローンも、機体も、触れた瞬間に構造が悲鳴を上げる。装甲は耐える前に歪み、フレームは力を受け止めきれずに潰れ、内部機構ごと押し砕かれる。
爆発は起きる。だが、それは破壊の原因ではなく、結果に過ぎない。一瞬で形を失った残骸が引き裂かれ、潰れた破片となって後方へと散っていくだけで、衝撃も、炎も、ただの結果に過ぎず、減速を促す要因にはならなかった。
バハムートは止まらない。
その巨躯が空を走るたび、大地が軋み、空気の壁が裂けていく。減速という発想そのものを置き去りにしたまま、バハムートは一直線にトゥイタマ基地へと突入した。防衛ラインは抵抗する間もなく崩れ、衝撃波が施設を叩き、吹き飛ばしていく。その只中で、翼が一瞬だけ、大きく開いた。
次の瞬間、空気が潰れる。突進は止まる。だが、重さは止まらない。
叩きつけられるような着地とともに、地面が沈み込んだ。衝撃が地表を走り、コンクリートが悲鳴を上げて砕け散る。漆黒の巨躯は、そのまま地上を滑り、削り、裂きながら前へ出る。その動きは突進ではなく、刃が引かれる感覚に近い。
砕けた舗装と粉塵を置き去りにし、バハムートは減速することなく地上戦艦の目前へと迫っていった。閃いた動きとともに、戦艦の前面を掠めると、摩擦で装甲が焼け、火花が散った。
バハムートは勢いを殺すことなく、そのまま戦艦の側面へと回り込むと、姿勢を低く構える。重量配分が変わり、脚部にかかる圧が一気に集中する。
次の瞬間、巨体は跳ね上がるように屈み――力を一点へと束ねそのまま掴みかかる。
左右の巨大な腕が装甲に深く食い込み、金属が悲鳴を上げながら、ゆっくりと持ち上げていく。
まるで、レスラーがバックブリーカーの体勢を取るような常識外れの光景が、誇張ではなく、確実な現実として進行していく。
誰もが、ただ見上げることしかできなかった。
トゥイタマ基地のアウトローたちは、一斉に動きを止め、その場に凍りつく。恐怖という感情すら追いつかず、目の前で起きている出来事を脳が理解することを拒んでいた。
上空で見守るヨルハは、ただ目を輝かせている。嬉々としてバハムートの挙動を観察し、その力の発露に心を喚起させていた。
一方、擬似コックピット内では、ジュンが口を開けたまま、完全に絶句している。
それも当然だった。同等のスケールを持つ地上戦艦を、バハムートが力任せに担ぎ上げる――そのような事例は、いかなる記録にも存在しない。
「バハムートゥ! ブリィーカァー!!」
叫びとともに振り下ろされるその力は、もはや戦術でも戦法でもなかった。それは理屈を超えた暴力。神の筋力とでも称すべき一撃が、戦艦の中央へと叩き込まれる。
直後、金属が耐えきれずに軋む音が、基地全体へと響き渡った。装甲は悲鳴を上げて割れ、崩壊の衝撃が波のように艦体内部へ伝播していく。内部構造では骨組みがねじれ、接合部が次々と破断し、艦体の中心から明確な断裂が走った。
裂け目は一瞬で広がり、戦艦は文字通り、二つに引き裂かれていく。
まるで紙細工のように中心線が縦に割れ、その直後、内部圧力が解放された。巨大な爆発が起こり、地面が揺れ、黒煙が噴き上がる。その衝撃は、周囲にいた者たちの意識すら揺さぶった。
黒煙の中、バハムートは引き裂いた戦艦の断面を両手に掴み、堂々と立っている。次の瞬間、それらを無造作に放り投げた。鈍い悲鳴のような音とともに、残骸は崩れ落ち、巨大な瓦礫となって地表に積み重なる。
ヨルハの尾が、静かに揺れる。主の力を目の当たりにし、歓喜に近い感情が滲んでいた。
一方、ジュンの背に伝わる震動は、恐怖を通り越した畏れだった。戦術や理屈では説明できない、ただ力だけがもたらした破壊。
その中心に立つのは、黒き破壊竜。
「抵抗するならどうぞ」
バハムートから漏れ出た少女の声は、静かな声が届いた瞬間、戦場では誰も次の命令を出せなくなっていた。




