トゥイタマ基地監査命令と開戦
これから先の話では、犯罪者や海賊、武装集団などをまとめて「アウトロー」と表記していきます。
呼び方の整理としてご理解いただければ幸いです。
昨日、トゥキョウ基地から緊急連絡が入った――それを最後に、通信は完全に沈黙した。
発信の内容すら十分に確認できぬまま、回線は断たれ、応答は戻らない。突如として途切れた連絡に、トゥイタマ基地は即座に非常態勢へと移行した。
何が起きたのか。誰が、どこで、何をしたのか。
詳細は不明なまま、基地内には不穏な空気だけが急速に広がっていく。
そんな張り詰めた状況の中――一本の伝令が届いた。発信元は、ジュン少佐。内容は、ただ一行に要点を凝縮した――監査命令。発令者は、アリ中将の名義。
義勇軍内部に潜むアウトローの調査および排除。その実行者は、UPOから正式に依頼を受けた“ハンター”。
そして、文面の最後には、はっきりとした警告が並んでいた。
――調査中、一切の干渉・妨害を禁ず。
――攻撃・迎撃・妨害行為を行った場合、“反逆行為”と見なし、即時粛清対象とする。
回りくどさは一切ない。逃げ道を完全に塞ぐ、冷酷な通告。
その文面を読み終えた瞬間――トゥイタマ基地の内部が、一斉にざわめき立った。
「……ふざけんな」
「こんなの、納得できる訳ねぇだろうが!」
「そうだ! ここで潰してやる!」
怒号と罵声が飛び交い、管制室、格納庫、兵舎――至る所で動揺が爆発する。
そこにいる者のほとんどが、アウトローだった。密輸、横流し、闇取引、裏契約。調べられれば、良くて収監。最悪――処刑。
これまで甘い汁を吸ってきた連中にとって、それは死刑宣告と何も変わらない。
――そんなこと、させるものか。
誰かが叫び、誰かが武器庫へ走り、誰かが迎撃準備を始める。
迎え撃つしかない。調査など、させる前に叩き潰す。
警報が鳴り響き、基地全体が戦闘態勢へと移行していった。
その光景を遠隔で見届けながら、通信回線の向こうでジュンが低く問いかける。
『……どうやら、迎え撃つつもりのようですが。クロ、どうするんです?』
ヨルハの疑似コックピットに乗り、端末からトゥイタマ基地のカメラ映像を覗き込んでいたジュンが、緊張を含んだ声で尋ねる。ホロディスプレイには、迎撃態勢を整える基地内の動きがリアルタイムで映し出されていた。管制室と思しき区画では兵士たちが走り回り、外縁部の砲台には次々と人員が配置され、無人ドローンまでもが発進準備を進めている。
その様子に、ジュンの眉がひくつく。もはや事態は、後戻りできないところまで進んでいた。
一瞬の静寂が、バハムートの巨大な頭部を包む。そしてそのマスクの奥から、クロの声が漏れた。
「どうもしませんよ」
雨音でも聞いているかのような、平坦で静かな声だった。抑揚も怒気もない。それが逆に、冗談や虚勢ではないことだけを、はっきりと伝えてくる。
ジュンは思わず目を見開いた。バハムートの威容。巨大な黒い装甲と、不気味なほどの無音。その内部から聞こえてきたのは、あまりにも聞き慣れたクロの声だった。
理解よりも先に、身体が違和感を覚える。声の所在を探そうとして、ジュンは無意識に視線を彷徨わせていた。
「――挑むのなら、叩き壊すまでですから。攻撃してきた時点で、一撃をお見舞いします」
その言葉が、鋭く空気を裂いた。静寂を断ち切った、鋼の意志。
そして、その直後。
ホロ画面の向こうで閃光が弾けた。粒子ビーム――トゥイタマ基地の砲台が火を噴いたのだ。第一射。砲塔が連鎖的に点火され、光の束が、雨あられのごとくバハムートに向けて降り注いでいく。
「撃ってきた……! 避けてください!」
ジュンが思わず声を張り上げる。
だが、その悲鳴に対して返ってきたのは、あまりにも淡白な返答だった。
「必要ないです」
冷静に、まるで雨粒でも払うかのような口調で、クロが言い放つ。
バハムートは一歩も動かず、正面から粒子ビームを受け止める。
その巨大な外殻に触れた瞬間、粒子ビームは淡く砕け、光の霧となって空中に散った。熱も、爆風も、衝撃も――何ひとつ発生しない。ただ、触れた瞬間に“意味”を失ったように霧散する光。
防御機構が作動したわけでも、エネルギーシールドが展開されたわけでもない。そこにあるのは、“当たっているのに効かない”という、根本的な異質さ。
攻撃は、確かに命中している。けれど、破損は皆無だった。撃たれているはずなのに、何ひとつ揺らがない。
前進するその姿は、黒鉄の城砦と呼ぶしかなかった。
「……な、なんでですか 直撃してるのに……!」
ジュンが言葉を失いながらホロ画面を見つめる。目の前で“理解できない事実”が繰り返されていることに、思考が追いつかない。
バハムートは静かに翼を広げていく。漆黒の翼が展開され、大気を裂くことなく、空間そのものを押し広げる。
地表が、わずかに震え始めた。音はない。だが、戦場を支配する圧だけが、確かに増していく。そして――その静寂の中で、再びクロの声が響く。
「まずは……見せしめですかね。それでも、かかってくるのなら――容赦なく行きましょう。順序は、大事ですから」
その口調には、怒りも激情もなかった。ただ、すでに判断を終えた者の静かな確信だけが込められている。
それは、戦場全体に向けた宣告だった。
そして、次の瞬間――
バハムートの尾が、ゆっくりと、しかし確実に、静かに振れた。空気が微かに脈動し、圧倒的な“何か”が、いま解き放たれようとしていた。




