再会と登場
クロたちが次に姿を現したのは、アヤコたちが滞在している中央会議室だった。
その場の様子は、出ていった時とほとんど変わっていない。誰もがひたすらメモを取り続け、資料をスクロールし、メモに没頭している静かな空気が流れていた。そして、そんな様子に困り果てたジュンだけが肘をついたまま周囲を見渡し、何度も口を開きかけては閉じている。止めるべきだと分かっていながら、踏み込めない――そんな逡巡だけが、彼の動きに滲んでいた。
そんな中――転移の光が収まるよりも早く、クロが一歩前へと踏み出す。
その気配に、ジュンが素早く顔を上げた。そして、クロの後ろに控える初見の人間たち――アレクたちの姿を認めると、さっと表情を引き締め、警戒の色を浮かべる。
「ジュン。トラブルの対応は完了しました」
クロは淡々と告げる。
「知っています。デビット大佐から連絡が入っていましたので」
ジュンの返答は簡潔だが、すでに状況を把握していることを示すには十分だった。クロはひとつ頷くと、そのまま迷いなく歩き出す。
「なら、説明は不要ですね。……こちらも人数が揃いました。そろそろ本題に入りましょうか」
そう言いながら、クロは両手を軽く叩き、足取りも軽やかに中央のテーブルへと向かっていく。その掌の音が、静まりかえった空間にカツンと反響し、徐々に周囲の意識を引き寄せていく。
アヤコたちの顔が、ようやく資料から離れる。目をしばたたかせながら現実に引き戻された者もいれば、明らかに不快感を滲ませた顔つきでクロを睨む者もいた。
「クロ、邪魔しないで」
アヤコが眉を寄せ、刺すような声音で抗議の声を上げる。
ウェンも小さく頷き、同意の意思を示すが――
一方で、シゲルとスミスは何も言わず、静かに手元のデジペンを置くと、メモデータの整理を始めた。誰よりも早く切り替えたその行動に、室内の温度が少し揺れる。
反応の割れた空気を読み取ったクロは、どこか面白そうに目元を緩めながら、それでも足を止めることなく言い放つ。
「ダメです。邪魔しますよ。もう十分メモは取ったでしょう。それに――どうせ後からデータは手に入りますし」
その最後の一言を、ほんのわずかに強調するように言い添える。意図を含んだその言葉に、ジュンへと向けた視線が静かに移った。
その目を受け止めたジュンは、苦笑を浮かべながら小さく肩をすくめ、ゆっくりと首を横に振る。
「……ダメですけどね。もう、言っても聞かないでしょうし」
諦めと憤りの狭間で、無力感すら滲むその呟きは――静かに循環する空調音の中へと紛れ、誰にも届くことなく消えていった。
クロはそんなジュンの反応に小さく笑い、そして視線をゆっくりとアヤコたちへと戻した。
「アレクたちも到着しましたので、解析作業を本格的に始めてください。アヤコのサポートにはエルデを。お父さんたちには、アレクたちがサポートに入ります」
淡々とした口調だが、迷いのない采配だった。その一言で、会議室の空気が明確に切り替わる。
クロの言葉に応じて、アレクがすっと一歩前へと出る。背筋を伸ばし、視線を室内の全員に巡らせてから、落ち着いた声で配置を告げていく。
「アンジュがシゲルさん。ポンセがウェンさん。タンドールがスミスさんのサポートに入ります」
名前を呼ばれた者たちが、それぞれ小さく頷き、自然と立ち位置を調整し始める。その動きはすでに訓練されたチームのように滑らかだった。
そしてアレクは、最後にジュンへと視線を向ける。
「ジュン少佐。ギルドの賞金首データの管理と監視は、自分が担当します」
そう告げると、アレクは一切の迷いを見せず、ジュンへと数歩近づきながら内ポケットに手を差し入れる。
取り出されたのは、掌にすっぽり収まるサイズの簡易端末。薄くて軽量、だがその表面にはギルド連結専用のコードリングが走っており、接続端末としての拡張が施されていることが一目で分かる。
起動と同時に、ホログラフィックディスプレイが開き、ギルドのデータベース接続規約、ならびにモニタリング権限の確認画面が投影された。
「こちら、ギルドとの連携に関する管理権限の委譲契約と、データ監視の条件になります。内容をご確認いただき、承認をお願いします」
アレクの声は柔らかくも、手続きの厳正さを強調するような芯を帯びていた。
ジュンは静かに頷き、表示された規約に目を通し始める。その背後では、アヤコとウェンが互いに顔を見合わせ、観念したようにデジペンを手放して作業の準備へと移行する。
アヤコは手早く持ち込んでいたコンテナを開き、内部からフィルタープロトコルガードを取り出し始めた。その横に駆け寄ったエルデが素早く動き、ケーブルや変換プラグの準備を手伝い始める。
一方で、シゲルのもとへと向かったアンジュは、やや困惑したように立ち止まったまま、シゲルを見上げる。
「俺のサポートはいらねぇ。アヤコの方に行ってやれ。エルデの腕前じゃ不十分だからな」
ぶっきらぼうな言葉だったが、シゲルの声音には確かな本気がにじんでいた。
「おやっさん。不十分って酷いっす……」
項垂れるエルデの肩を、アヤコが「まあまあ」と言いながら軽く叩く。アンジュはまだ迷っているようで、躊躇いがちに問いかけた。
「でも、さすがに一人は……」
「いい。俺には、こいつがいる」
そう言うと、シゲルは無言のまま部屋の隅へと歩を進めた。そこには、存在感を放つ巨大なバックパックが鎮座している。
シゲルはそれを軽々と持ち上げ、アンジュの前にどんと置いた。
「……え?」
思わず漏れたアンジュの声と共に、空気が一瞬、静止する。
その場にいた全員の視線が自然とバックパックに向けられる。項垂れていたエルデも、慰めていたアヤコも、工具の準備をしていたウェンも、何事かと目を奪われたように近づいてくる。
アヤコが興味津々といった様子で、慎重にバックパックの留め具に手をかける。ジッパーをゆっくりと開いていくと、中は隙間なくぎっしりと何かが詰まっていた。
そして、最後まで開ききった瞬間――その内部から、こちらをじっと見つめ返す無機質な“瞳”が現れた。
「えっ……?」
「は?」
「嘘っす」
三者三様の驚愕が重なったその刹那、シゲルが静かに指を鳴らす。
パチン――。
乾いた音が響いた次の瞬間、バックパックの中から何かが勢いよく跳ね上がる。
くるりと一回転しながら空中を舞い、見事なバランスでテーブルの上に着地。両手を腰に当て、バシッと決めポーズを取った。
赤いボディに、ネコミミを模したヘッド。白く丸いグローブの手。額には黄色いバイザー。無表情だが妙に存在感のあるフェイス。
それは――どこか懐かしさとユーモアが同居する、働くぬいぐるみのマスコットだった。
「レッド君!!」
三人の声が、ほとんど完璧に揃ってその名を叫んだ。




