尋問が……出来ない!
デビットの鋭い視線が、男の顔を射抜く。だが男は、それに抗う術もなく――ただ項垂れ、視線を落とすだけだった。
「始めましょうか」
クロがそう告げると、コーヒーをひと口含み、マグカップを静かにテーブルへと戻す。
クレアは舌を一度だけ走らせ、じっと男を睨みつけると、低く唸り始めた。耳はぴんと立ち、尻尾がわずかに揺れている。
その気配を受けてなお、エルデだけは、いつもと変わらぬ様子でジュースの残りを見つめていた。
室内には、張りつめた静けさが広がっていた。
「最初に確認ですが、貴方は非戦という組織に所属している人で間違いないですか」
クロの声は、あくまで穏やかだった。
だが、それに対する返答はなかった。男はただ黙ったまま、顔を伏せている。
クレアの唸りが、ひときわ強くなる。
クロはそんなクレアの背を軽く撫で、「まあまあ」と宥めるように声をかける。
そしてすっと立ち上がり、ソファーを回り込んで男の背後に歩を進めた。
「先に言っておきます。正直に喋らないと――痛い思いをしますよ」
背後からの低い声が、男の耳を打つ。だが返ってくるのは、再び沈黙。
クロは何気ない動作で男の右肩へと手を置いた。その指先から伝わるのは、温もりではなかった。圧力と、気配の重さ。
「最終警告だ。答えろよ。お前は非戦の者だな」
その声は、それまでの抑制された語調とは異なる。冷たく、硬質で、どこまでも低く、相手を圧し潰すような威圧を孕んでいた。
クロが纏った気配に、室内の空気が一瞬で凍りつく。
アレクがわずかに眉を動かし、エルデはジュースを飲むのをやめ、静かに背筋を伸ばした。クレアの尻尾も、まるで張り詰めた弓のようにぴたりと止まる。
そして――無言。
男は、またも何も語らなかった。ただ、空虚な沈黙だけが返ってくる。
クロは一瞬だけ目を細め、右手にわずかに力を込めかけ――その刹那、声が飛んだ。
「クロ君。そこまでだ」
落ち着いた声が、場の緊張を切り裂くように響く。呼びかけたのは、デビットだった。
クロは男の肩に置いた手をそのままに、ゆっくりと振り返る。不思議そうに視線を向けた先――デビットはすでにコーヒーに口をつけ、マグカップを片手に持ったまま、静かに続けた。
「……今ので落ちた。気絶している。やりすぎだ」
リビングの空気が、一瞬で沈む。先ほどまで漂っていた張りつめた緊張が、そのまま重たく滞るような静けさに変わっていく。
デビットは男の様子を一瞥し、淡々と続ける。
「訓練を受けた反応じゃない。今の威圧は、きつ過ぎた」
「……あ~~~、うん。そうですか」
クロは渋い表情で肩をすくめると、男の肩からそっと手を離す。
その瞬間――ぐったりと力が抜け、男の身体はソファーの背にもたれかかるように崩れた。顔は蒼白。白目を剥いたまま、口元がわずかに痙攣している。完全に意識を手放し、すでに応答の余地など残されていなかった。
「クロねぇ、無駄に迫力を出すからっすよ」
エルデが軽く肩をすくめながら、どこか呆れたように言葉を漏らす。
「無駄ではないでしょう。……一応、それなりにカッコよくはなかったです」
クロは不満げに眉をひそめながら、視線をそらす。そこには、照れというより照れ隠しに近い感情が、わずかに滲んでいた。
「でも、気絶したっす」
エルデの容赦ない一言に、クロは言葉を詰まらせる。少しの間、黙ったまま気絶した男を見つめ、それから小さくため息をつきながらソファーへと腰を下ろし直した。
「……デビット大佐」
マグカップを手に取り、静かに黒いコーヒーを見つめながら、クロは落ち着いた声で呼びかける。
「お任せしても」
「ああ、わかった」
デビットは短く答えると、手に残ったコーヒーを一息で飲み干す。
立ち上がる際、軍服の上着の合わせを一度正し、身なりを整える。その所作には、現場指揮官としての礼節と練度が滲んでいた。
そして、端末を操作し、短く通信を入れた。
「搬送を手伝え。ブラックガーディアンの出入り口で待機」
通信を終えると、迷いなく拘束された男の身体を担ぎ上げると、そのまま無駄な動き一つなく、歩を進めた。
その背に、クロの声が追いかける。
「一つ、その人に伝言を」
デビットが足を止め、静かに振り返らずに応じる。
「そのうち、本部に行きますので、よろしくと」
「わかった。……しっかりと伝えておこう」
言葉を残し、デビットはリビングを後にした。
軍靴の足音が遠ざかっていくたび、部屋には徐々に静けさが戻っていく。奇妙なほど落ち着いた余韻だけが、静まり返ったリビングに残っていた。




