無力の残滓
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ガトリングが回転し、すぐさま圧縮された空気が撃ち出された。一発一発の威力は、決して大きくはない。骨を砕くほどでも、肉を裂くほどでもない。ただ、軽い衝撃が無数の拳となって、皮膚と神経を叩きつけるように襲いかかる。――それが、間断なく、逃げ場も与えず降り注いだ。
見えない脅威。
何が起きているのかも分からぬまま、身体に走る鋭い痛みに悲鳴を上げる者がいた。息を詰まらせ、目を見開いたまま、転げ落ちるように倒れる者がいた。次々と崩れ落ちていく人影を前に、顔を引きつらせ、我先にと背を向けて逃げ出す者もいた。
クロに足を拘束され、四肢を硬化させられたまま倒れ込む者。仰向けになったままもがき、泣き叫ぶしかない者。助けを求める声は、誰の耳にも届かない。
混乱が、爆発的に広がっていく。
地を揺らすような轟音と、肌を撫でる空気の圧。悲鳴と怒号、踏み鳴らされる足音が入り混じり、空気の中に焼けた金属のような緊張が漂い始める。
その場に、取り残されたのは――拘束されたまま地面に転がる者たち。圧で吹き飛ばされ、打ち所を悪くして呻く者たち。足を捻じり、押し倒され、踏みつけられ、傷だらけのまま動けずにいる者たち。
それだけしか残っていなかった。
エルデは、ゆっくりとウルフの射撃を止める。砲身の回転が名残惜しそうに鈍り、滑らかにシールドモードへと変形していく。戦闘態勢から非殺の構えへ――切り替えは一瞬だった。
彼女の顔には、満足げな表情が浮かんでいた。
その瞳はまだ戦意を宿していたが、敵がいないことを自覚すると、すっと緊張を手放す。喉元にかかる髪をかき上げながら、横目でまだ唸っているクレアを見やる。
「クロねぇへの悪口を言った集団を成敗したっすよ、クレアねぇ。だから、そろそろ威嚇をやめないっすか。無駄に可愛いっすよ」
朗らかに、勝ち誇るように。
その一言に、クレアの毛が逆立った。
「無駄に可愛いって何です! 私は怒ってるんです!」
感情のままに身体を跳ねさせ、クレアはクロの肩を蹴ってエルデの肩へ移った。
そのまま頭上へよじ登り、前足を細かく落として抗議を刻む。小さな体重のはずなのに、意外なほど遠慮がない。
「いたたっ、いたたっ……! ちょ、クレアねぇ、落ち着いてっす!」
エルデが身をすくめ、笑いながら顔を隠すように肩をすぼめる。頭の上では、なおも小さな前足が、抗議するように間断なく落とされ続けていた。
クレアは鼻を鳴らし、ようやく唸り声を止める。それでも、警戒の色は完全には消えていない。耳はぴんと立ったまま、周囲を見張るように細かく動いていた。
「さて。転がってるのを、そろそろ回収しましょうか」
クロがそう呟いて、淡々と地面の方へと視線を落とす。
そこに転がるのは、呻き声すら出せずに負傷者たち。クロは一人ひとりを無表情で見渡していく。その無機質なまなざしが、順番に突き刺さるように注がれるたび――どこかから、喉を詰まらせるような恐怖の声が漏れ始めた。
「警備ロボに運ばせましょうか」
事務的な調子でそう言った瞬間、場の空気がわずかに揺らぐ。救いの兆しが見えたのか、倒れていた者たちの中に安堵の気配が走った。
クロはその反応には一切興味を示さず、ポケットに手を差し入れる。リストレイントと空になったマガジンをまとめて抜き取ると、そのまま滑らかに別空間へと吸い込ませた。
その様子を見届けたクレアは、エルデの頭の上からぴょんと軽やかに跳ねて、クロの肩へと戻る。
目元にはまだ怒気が宿っていた。
周囲を一瞥し、怒りのこもった金色の瞳で群衆の残骸を睨みつける。そして、他の誰にも聞こえないような小さな声で、クロにそっと囁いた。
「クロ様、このまま海に捨てるのは? クロ様に暴言を吐いた罪は重いです」
クロはその言葉に少しだけ目を見開き、苦笑を浮かべる。
肩の上に戻ったクレアの背を優しく撫でながら、落ち着かせるように語りかけた。
「まぁ、そこまではいいでしょう。海に捨てても、恨みを買うだけですし」
その言葉には、冷静な計算とわずかな皮肉が滲んでいた。
「死なせない、という依頼です。残念ですが」
そう結びながら、クロは再び地面の方へと手を伸ばす。最も近くに転がっていた男の足首に指をかけようとした――その瞬間だった。
ざわり、と空気が揺れた。
周囲の者たちが、一斉に硬直する。地面に倒れていた者が声にならない声を上げ、悲鳴の直前で震える。まさにパニックの臨界――その直前で。
「クロ君、そこまででいい。後は此方で行う」
背後から落ち着いた声が届き、クロの手がぴたりと止まる。
デビットがクロに歩みつつ、片手で端末を操作しながら、兵士たちへと素早く指示を出す。
呼応するように、装備を整えた兵士たちが即座に動き出した。各々が迷いなく配置へ散り、崩れたままの負傷者たちに次々と駆け寄っていく。
連携は整然としていた。
担架の展開、拘束の解除、傷の確認と搬送。誰も無駄な動きを見せず、訓練に裏打ちされた動作が静かに、しかし確実に場を収束させていく。
押し潰された者、スラコンに囚われたまま身じろぎできない者、叫ぶことも諦めてうずくまる者――そのすべてが、淡々と、手際よく処理されていった。
その様子を無言で見届けていたクロは、ぽつりと呟く。
「こう言うのもなんですが――入り口の門を閉めればよかったのでは?」
まるで通りすがりの客が、設備の不備を指摘するかのような声音だった。だが、そのあまりの率直さと冷静さは、逆に場の空気を鋭く切り裂いた。
デビットはその言葉に、ふっと短く息を吐いた。
それから、クレアとエルデの顔を順に見やり、どこか諦め混じりの笑みを浮かべると、肩を小さくすくめて答える。
「閉めるも何も……君の所の“ヨルハ”という機体が、管制塔を潰したのが原因なのだが。塔が倒れた際に巻き込まれて、門自体が破壊されてしまったんだがね」
その返答に、クレアとエルデはそろってきょとんとした表情を浮かべた。
「……あ、うん。すいません」
クロが気まずそうに呟いたその声に、クレアは小さく身を縮め、目を逸らす。エルデも同様に頬を掻きながら、視線を宙へと彷徨わせていた。
「それ、自分たちのせい、ってことっすか……?」
呟くようなエルデの問いに、デビットは軽く首を横に振ってみせる。
「なに、仕方のないことだ。気に病む必要はない。被害としては誤差の範囲だ」
そう言ったあとで、デビットはふっと表情を引き締める。
「それよりも今の問題は――」
と、言葉を切りながら、クロの背後へと視線を移した。
「デモの首謀者。そこにいる“非戦”の可能性がある」
クロも自然と視線をそちらに向ける。
運ばれていく負傷者の列。その中に、一際異質な存在があった。誰も手を貸そうとせず、兵士たちも敢えて視線を逸らしている。――フードを深く被った、ひとりの人物。
その姿は、どこかで腫れ物と見なされているのが明らかだった。
身じろぎひとつせず、まるで息すら潜めているように、地面にうずくまっている。誰の助けも得られず、見捨てられたような佇まいだった。
クロの唇が、わずかに持ち上がる。
喜びではない。情けでもない。ただ――明確な関心の発露だった。
彼女はその場から一歩、ゆっくりと前に足を踏み出す。
そして静かに、慎重に、歩を進めていく。足音を立てず、獲物に気取られぬよう忍び寄る捕食者のように。
「初めまして、非戦の方。ちょっとお話いいですか?」
声音は穏やかで、礼儀正しく、どこまでも柔らかかった。
だが――それが、かえって冷たく響く。
フードの中の人物は、顔を上げることすらできなかった。
まるで死刑宣告を言い渡されたかのように、背中が強張り、呼吸が止まる。
クロの足音が、静寂の中に刻まれていく。
一歩ごとに迫る気配が、まるで逃げ場を塞ぐ壁のように、じわじわとその人物を包囲していく。助けは来ない。口を開く余裕も、声を上げる勇気もない。
恐怖と絶望が、静かに、その場を支配していた。




