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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
お掃除開始。クロの清掃大作戦!

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執行開始

【諸事情による更新時間変更のお知らせ】


いつも『バハムート宇宙を行く』をお読みいただき、誠にありがとうございます。


大変申し訳ございませんが、諸事情により、しばらくの間は毎日1日1回・8時更新とさせていただければと思います。


HGヒュッケバインの組み立てやゲームの方がひと段落しましたら、できるだけ早く元の更新体制に戻してまいります。


ご不便をおかけいたしますが、何とぞご理解いただけますと幸いです。

どうしても組み立てたくて……本当に申し訳ありません。

 そして――クロは、デモ隊のすぐ手前で立ち止まった。叫び声と怒号が渦を巻き、空気そのものがざらついていた。人いきれと熱気、興奮と不満が混ざり合い、理性はすでに溶け落ちている。感情の渦が空気に染み込み、場のすべてがその色に塗りつぶされていた。


「みなさーん!」


 よく通る澄んだ声が、騒がしい群衆のただ中を貫いた。


 だが、その声が届いた気配はない。


 集団心理は恐ろしい。誰もが、自分だけは安全な群れの中にいると錯覚する。数という後ろ盾が、責任と危機感を薄め、思考を鈍らせる。そして、目の前に立つのが少女ふたり――その事実が、彼らの判断をいっそう軽くしていた。


 だからこそ、誰も躊躇しなかった。


「貴方たちは、不法侵入者です。ここから立ち去らないと、強制的にどかします!」


 クロの一喝に、先頭の男が一瞬言葉を失った。だが、その沈黙はほんの刹那に過ぎない。


「邪魔するな!」


 すぐに後方から飛んできた怒鳴り声が空白を埋める。


「子供は帰れ! 潰すぞ!」


「争いを起こす者は排除されるべきだ!」


 罵声、怒号、皮肉、侮蔑。理屈ではなく、感情だけが先に立った言葉たちが、あらゆる方向から飛び交い始める。幼稚で、過激で、そして――あまりにも無責任。


 だが、そのどれもがクロの顔色を変えさせるには至らなかった。


 彼女は、まっすぐに群衆の中心を見据えていた。視線は一切揺らがず、怒りも戸惑いもそこにはない。あるのは、この場でなすべきことを冷静に測る、執行者のまなざしだけだった。


 そのとき――クロの肩口から、低く唸るような音が漏れる。


 クロもエルデも、同時に視線を落とした。


 そこにいたのは、小さな身体をいっぱいに広げて立ちふさがるクレアだった。全身の毛を逆立て、背中を反らせ、耳はぴんと天を指し、尻尾は張り詰めたまま微動だにしない。剥き出しの小さな牙と、喉の奥から響く威嚇の音。その一挙手一投足に、確かな気迫が宿っていた。


 小さな体躯でありながら、全身を使った怒りの表現だった。


 ……が。


(……可愛い)


 クロとエルデの思考は、見事に一致していた。


 もちろん、それを口に出すことはない。ただ、ほんの一瞬だけ――わずかに緩みかけた口元を、意識的に引き締める。そんな微細な表情の変化すら、群衆の怒りに新たな火種を投げ込むことになる。


 怒号がさらに膨れ上がり、もはや罵倒と呼ぶのも生ぬるい言葉が飛び交い始めた。


 それでも、クロの声音は変わらない。


「最終警告です。怪我をさせての退去も辞さないですが、それでいいですか? 帰るなら今です。こちらは一切責任を持ちません」


 静かなその一言が、空気にわずかな揺らぎを与える。


 怒りの波の奥で、何人かが息を呑み、隣と視線を交わした。だが――退く者はいなかった。声の数も熱量も、むしろ勢いを増していく。


 そこに立つたった二人の少女が、どれほどの存在であるのか。本当の意味で理解している者は、まだ誰一人いなかった。


 そして――


「十秒、時間を与えます」


 クロは静かに宣言し、両手をポケットに入れたまま数を数え始める。


「いち」


 カウントダウンが始まる。


「に」


 デモは収まらない。


 むしろ声はさらに熱を帯び、集団の塊はわずかずつ前進を続けていた。警備ロボが伸ばすロープはきしみを上げ、耐えきれずに後退を始める。無理もない。群衆の圧力に抗える仕様ではないのだ。


 そんな中――クロの声音は、変わらない。一定のリズムで、冷たく淡々と続く。


 驚くほどに感情を排した声。それがかえって、興奮に満ちた現場に異物のように刺さり、怒りをあおっていく。火に油を注ぐのではなく、炎の下に酸素を送り込むように。


「さん」


 怒号が激しくなる。


 罵詈雑言がクロに集中しはじめるが、デモ隊は前しか見ていない。


 その背後――バハムートの存在が、無言のまま、否応なく現実を知らしめていた。


「よん」


 エルデは無言のまま、群衆を見渡した。


 彼女の瞳は、クロの警告を一歩も引かずに前進するデモ隊を捉えている。いまだ言葉が通じない彼らの愚かしさに、ほんのわずかに同情の念が浮かんだ――だが、それは一瞬で切り捨てられる。


(……仕方ないっすね)


 むしろ、これから始まる仕事に、心のどこかで期待すらしている自分がいた。わくわくしながら、エルデは両腕に装備されたウルフに視線を落とす。


「ご」


 クレアの唸り声は、止まない。


 小さな喉から響くその低音は、予想外なほどの存在感を持って空気を震わせていた。怒りだけではない。そこには、主を侮辱する声に対する、明確な殺意がにじんでいる。


「ろく、なな、はち、きゅう」


 カウントダウンが終わりに近づいていく。


 簡易警備ロボはさらに後退し、群衆の先端はついにクロたちの目前まで迫っていた。もはや警備線と呼ぶのも形だけの距離だった。


 そして――


「じゅう」


 その一言が落ちた瞬間、クロは右足を一歩、前へと踏み出した。


 静かな動作だった。しかし、先頭にいた者の表情が、明確に強張る。


 クロは両手をポケットから抜き、手にしていたものを見せる。


 一方には、リストレイント。もう一方には、装填済みのスラコンマガジン。


「警告も猶予も与えましたので――執行します」


 静かに、だが明確にそう告げたその瞬間――引き金が引かれる。


 弾丸が群衆の中心に向けて放たれる。着弾した瞬間、スラコンが炸裂。無数の帯が四方に飛び、対象の手足を絡め取るようにして、瞬時に硬化する。


 悲鳴が上がる。


 前列にいた者たちが、次々と拘束され、転倒し、身動きを失う。だが、後方の群衆にはそれが見えない。彼らは変わらず、前へ、前へと押し寄せようとしていた。


「エルデ。最低出力で、一掃してください」


「了解っす! ウルフ、起動っす!」


 エルデの思考に応じて、両腕の機構が変形する。


 ウルフ――双ガトリングユニットが展開し、四門の砲身が旋回を始めた。


 重厚な機構音が、狼の咆哮にも似た唸りを上げる。


 それが、ついに群衆の耳に届く。ようやく、恐怖が伝播した。


 だが――それは、あまりにも遅すぎた。

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