漆黒の降臨と黙した威圧
「トゥキョウを内戦に巻き込むな!」
「俺たちの生活をどうする気だ!誰が金をくれるんだ!」
「戦いは悪!今すぐ争いを止めろ!」
群衆の叫び声が、大地の空気を震わせるように響き渡っていた。
抗議に集まった人々は、ロープを押しのけながら警備ロボットのを押し、じりじり詰め寄っていく。その動きに呼応するように、後方の人波も波紋のようにうねり、膨張していた。最前線に展開された警備ロボットたちは、機械的な正確さで間隔を保ち、それぞれの間に張られたロープがたわみながらも防衛線を維持している。
その背後では、兵士たちが整然と隊列を組み、無言で待機していた。銃器は持たず、手にしているのは非殺傷のスタンロッドと透明なシールドのみ。訓練された動きで警戒線を支えていたが、顔に浮かぶ緊張は隠しきれなかった。
押し寄せる人波に、ロープがきしみを上げる。警備ロボに人影が密集し始め、隙間という隙間が埋め尽くされていく。兵士たちは、暴動が始まる気配を皮膚で感じ取りながらも、ただじっと動かずにその瞬間を待っていた。
それを、やや高台の指揮席から見下ろしていたデビット大佐は、唇を固く結んだまま、眉間に深いしわを刻んでいた。
「……さんざん、前体制で甘い汁をすすってきたゴミが」
誰にともなく吐き捨てるように呟く。
視線の先――群衆の中には、フードで顔を隠した“非戦”の構成員たちが紛れていた。彼らは前へ出過ぎることも、直接的な煽動を行うこともない。だが、タイミングを見計らったかのように声を上げ、腕を振り、群れの流れに波を起こしていく。その存在が、現場全体の空気を少しずつ、不穏なものへと変えていた。
――こちらから手を出せば、抗議ではなく“弾圧”になる。
その判断が、デビットの足を縛っていた。理屈では理解している。けれど、感情がそれに追いつかない。
「……くだらん」
低く、苛立ちを噛み殺した声が漏れる。
ふと、視線を空へと向けた。何かが、降りてくる――そんな気配が、空気の揺れとして肌に触れた。
先に反応したのは、耳だった。
風が裂ける音。重い質量が大気を押し分けてくる音。地上とは異なる、上空特有の張り詰めた圧が頭上から降りてくる。
「――あれが、クロの機体か」
まるで、神話の神が天から舞い降りるかのような静けさを伴って。
その姿に、デビットは深く息を吐く。
上空から降ってくる黒い機影。それが、今この場で最も“敵に回したくない”存在――クロの機体であることを、彼は知っていた。
バハムートは雲を突き抜け、コンクリートの大地へ向けて一直線に降下していく。耳に届くのは、風を切る轟音と、地上から響き上がる群衆の抗議の声。
「欲望まみれの声だな」
バハムートが低く呟く。
疑似コックピットの中、クレアは一瞬だけ視線を泳がせた。バハムートに話しかけるか、それともモノリスに腰掛けるクロに声を向けるか。迷うように二人を交互に見る。
「どっちでもいいぞ」
バハムートの言葉に、クレアは小さく頷き、クロの方へ顔を向けた。クレアのときはクロに。ヨルハのときはバハムートに。自分なりに決めているルールに従い、クロへと語りかける。
「では……どうされるんです?」
クロは視線を前に向けたまま、わずかに口元を緩める。
「脅そうかとな」
その一言と同時に、バハムートは推力を上げた。降下速度が、一段階――明確に増す。
目指すは、デモの後方。群衆の密度が比較的薄い、ぽっかりと空いた地点。
空気が震え、圧が濃くなる。風を押し裂く轟音とともに、黒い影が一直線に地表を目指して迫ってくる。
その瞬間――地上の群衆が気づいた。
ざわり、と空気が揺れる。無数の視線が一斉に上空を仰いだ。
そこにあったのは、雲を背にして降下する、巨大な黒の機影――バハムートだった。
太陽を遮るほどの巨体が落ちてくる。その影が、じわじわと広がり、人々の頭上を黒く覆っていく。
叫び声が上がる。
「な、なんだあれ――!」
「うそだろ!?なにか降ってきてる……!」
「ちょっ、無理無理無理!」
若い女性の悲鳴が、群衆の奥から震えるように響いた。
誰かが逃げ出そうとするが、人混みに阻まれて身動きが取れない。無理やりに押し分けようとしては転び、倒れた誰かが天を仰いで周囲を掴み――叫ぶ。
混乱は一瞬で伝染した。
それでも群衆は本能で理解していた。あれは、ただの機体ではない。あれは――“悪魔”だ。
逃げ出したいのに、目が逸らせない。叫びながらも、誰一人としてその黒い影から視線を外すことができなかった。
誰もが、やがて来る衝撃に備え身をかがめ、頭を抱える。
だが――待てども衝撃は来なかった。
地に届く寸前、バハムートは空気を巻き込みながら、滑るように減速した。轟音が鈍く尾を引き、黒き巨躯はまるで降臨するかのように着地する。
そして、人々は恐る恐る顔を上げる。
背後には、漆黒の巨躯が仁王立ちで――静かに、そこに佇んでいた。
その存在だけで、誰も次の一歩を踏み出せなかった。




