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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
お掃除開始。クロの清掃大作戦!

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研究班の執念

誤字脱字修正しました。

ご連絡ありがとうございます。

 一時間、二時間、三時間――淡々と時間が過ぎていく。


 クロはふと、前方に浮かぶホロディスプレイの隅に表示された時刻をちらりと確認した。秒針のないその数字は、ただ淡々と静かに、確実に進んでいた。


 その視線の先、フロアの隅には、すっかり寝入った二人の姿がある。


 エルデは冷たい床の上に大の字になって爆睡していた。両手両足を思いきり広げ、ぐったりと体を投げ出した姿勢は実にだらしない。小さな寝息を立てながら、胸元が上下している。


 そのお腹の上で、クレアが丸くなって眠っていた。小さい身体をくるんと巻き、フワフワの尻尾を鼻先にかけるようにして、完全に無防備な姿で安らいでいる。エルデの腹の動きに合わせて、わずかに身体が上下しながらも、表情はとても穏やかだった。


 その対角にあるところでクロが別空間から取り出した岩を切り出したようなテーブルを置き、中央のテーブルから椅子を運びクロとジュンが並んで座っていた。手元には、それぞれのカップ。静かに湯気を立てるコーヒーをすすりながら、二人は一言も発することなく、目の前の光景を静かに眺めている。


 目線の先――そこには、尋常ではないほどの集中力でデータに向き合うアヤコたちの姿があった。


「おおっ!」


「なるほどな……」


「ああ、そういうことか!」


「……ふむ」


 四者四様の声が、時折ぽつりぽつりと漏れる。


 ホロディスプレイに次々と展開される情報を、各々が黙々と読み解き、気づいたことをホロキーボードやデジペンでメモしていく。指先が浮遊型のキーを叩く音。ホログラム上に文字が刻まれる軽い振動。まばたきすら惜しむような集中の気配が漂っている。


 今、この空間を支配しているのは、三つの音だけだった。


 エルデとクレアの寝息。クロとジュンがときおりコーヒーをすする音。そして、アヤコたちの口から時折漏れる、異様に楽しげな感嘆の声。


 そのバランスが、静かで、不気味で、どこか異様だった。


 そうして四時間が過ぎた頃、クロの端末が短く鳴動した。それとまったく同じタイミングで、ジュンの端末にも警告音が届く。


「……トラブル!」


 ジュンが端末に目を走らせた瞬間、声を上げる。読み込んだ内容に思わず眉をひそめた。


 クロはというと、端末に映るメッセージを目で追い、少しだけ頷き肯定する。


「そうみたいですね」


 そう静かに呟きながら、カップに残っていたコーヒーを一気に飲み干す。カップをテーブルに戻すと、すっと立ち上がり、軽く背を伸ばした。動きに慌てた様子はないが、空気が一変する。


「ジュンは、ここに居てください」


 落ち着いた声色で言うと同時に、ジュンが驚いたように立ち上がる。


「!」


 その勢いに、クロは片手を軽く上げて制止の合図を送る。


 すぐに視線を横に流すと、騒ぎなどどこ吹く風で、今なおホロディスプレイに向かいメモを取り続けているアヤコたちが視界に入る。誰ひとり異変に気づいてすらいない。


「心配しなくても大丈夫です。お姉ちゃんたちのこと、お願いします」


 優しく、それでいてきっぱりとした調子で告げる。


 しかし、ジュンは真顔のまま、強く首を横に振った。


「いえ、違います」


 その言葉には、珍しく感情の起伏が滲んでいた。


「逆です。今のトラブルをさらに滅茶苦茶にする可能性がクロの方にあるってことが心配なんです!」


 言い切った瞬間、ジュンの声にやや熱がこもる。


 それはここ数日の出来事――あまりに非常識で、あまりに滅茶苦茶な事態を何度も目にしてきたからこその確信だった。


 そしてそのまま、ジュンは一歩前に出て、心底心配そうに顔を歪めながらクロと目線を合わす。


「私はここから動けません。現場にはデビット大佐が居ますので、向かってください。……いいですか、絶対にめちゃくちゃにしないようにお願いします!」


 そう言うと、ジュンはクロの額に人差し指をぴたりと当てた。


 その所作は、まるで姉が手のかかる妹をたしなめるようだった。やわらかく、けれど確実に――“念押し”の圧が込められている。


 クロはその指先を受け止めたまま、少しだけ目を丸くし、心外そうに眉を寄せる。額を軽くさすりながら、ふぅっと静かに息を吐いた。


 それから視線を横に向け、床で寝息を立てていたふたりへと歩み寄る。


「……起きてください。ちょっと行きますよ」


 クロが声をかけて軽く肩を揺らすと、エルデがうっすらと目を開ける。


「……ふぁいっす~~……」


 気の抜けた返事をしながら、エルデは片手で目元をこすり、もう片方の腕を頭の上までぐいと伸ばして、大きく背伸びする。肩がごり、と鳴った。


 その腹の上で小さく丸くなっていたクレアも、くしゃみのように「クゥハァ~~~」と大きなあくびを漏らした。細めた目にまだ眠気の残る光を宿したまま、背中をくるんと丸めた体を一度ぎゅっと縮め、そしてしなやかに伸ばす。


 その勢いのまま、ぴょんっとクロの肩へ軽やかに跳び乗る。


「クロ様、おはようございます」


 そう言ってクロの首元に頬を寄せ、満足そうに尾を小さく振った。


 一方のエルデも、ようやくのっそりと上体を起こし、ぼんやりとした顔で両手を高く掲げてもう一度大きく伸びをする。そのまま「うーん……」と首をひねり、背骨を鳴らすようにひとつ回してから、ゆっくりと立ち上がった。


「はいはい、起きてください。トラブルです」


 クロが少しだけせかすような声で言うと、エルデの表情が一変する。


「エルデはウルフの準備。それが終わったら、すぐ行きますよ」


 “トラブル”という言葉を合図に、エルデは一瞬で覚醒したように背筋を伸ばす。ジャケットのポケットから、くしゃっとした麻袋を取り出すと、紐を引いて開封した。


 漆黒の麻袋の中に手を入れ取り出したのは、ウルフが収められた専用ボックス。エルデはそのボックスを床に置くと、中から思考検知用のヘッドバンドを取り出し、額に装着。続けて両腕をボックスに差し込むと、小さな作動音が響き、腕を引き抜いたときにはシールドモードのウルフがぴたりと装着されていた。


 装着が完了すると、ボックスを手早く麻袋へ戻してポケットにしまい込む。


 エルデはクロの前に立ち、誇らしげに両腕の装備を見せつけながら、肩に手を置いて小さく笑う。


「準備完了っす」


 クロはその様子に軽く頷きながら、短く告げる。


「では、行きますか」


 その言葉を最後に、ふっと空気が歪んだ。


 次の瞬間、クロとエルデ、そして肩の上のクレアの姿が、光の残滓すら残さず転移によってその場から消えた。


 ジュンは、去っていった空間をじっと見つめたまま、落ち着かない様子で小さく息を吐く。


 一方で、アヤコたちはというと――


 まるで何事もなかったかのように、相変わらずホロディスプレイに向き合い、メモを取り続けていた。クロたちの会話すら気に留めず、フロアに響くのはホロキーボードを叩く音、デジペンが書き込む音、そして時折漏れる感嘆の声だけだった。

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