到着と、無音の上昇
そうしているうちに、キャンピングカーは静かに速度を落としながら、企業区画のゲートへと差しかかった。
巨大な鋼鉄製の門をくぐった瞬間、空気が変わる。周囲には、各企業のロゴが刻まれた建築群が幾何学的な配置で立ち並び、それぞれの正門には、無数の監視カメラとセンサー群が埋め込まれている。鋼鉄とガラスを組み合わせた無機質な壁面は、冷たく、近寄りがたいほどの無感情さを纏っていた。
音を潜めた工場群の内部には、分厚いシャッターが下ろされており、そのわずかな隙間からは、待機状態の搬送ロボットが静かに身を潜めていた。
さらに進むと、視界が開ける。
そこには、まるで戦場の再現のような巨大試射場が広がっていた。コンクリート製の防護壁が層を成すように築かれ、内部には運動テスト用の障害物が並べられている。試験中のまま沈黙している機動兵器が、いくつも点在していた。それらは静止しているにもかかわらず、ただそこに“在る”というだけで、確かな威圧感を放っていた。
そして、キャンピングカーが最後に到着したのは――その全てを統括するようにそびえ立つ、一際巨大な構造体だった。
そのビルは他の建物をはるかに凌ぐ高さを誇り、重厚な外壁には、複数の企業ロゴが一直線に刻まれている。それらはすべて、軍需・AI・粒子エネルギー・構成体工学といった最先端領域で名を馳せる巨大企業ばかりだった。
まさにここが、企業連合によって運営される研究・開発・試験の中枢――中央コングマリットである。
ジュンはキャンピングカーが完全に停止するのを待たず、助手席から素早く降り立った。手早く制服の裾を整えると、施設前に待機していた兵士へときびすを返して敬礼を送る。
兵士も無言でそれに応え、直後、無機質なセキュリティドアが滑らかな駆動音と共に左右へ開かれた。
「どうぞ、こちらです」
ジュンが一歩前に立ち、手のひらで道を示す。
クロを先頭に、エルデ、シゲル、スミスが、それぞれの装備や荷物を手に車外へ降り立つ。四人の動きには一切の迷いがなく、兵士の視線を受けながらも、それに何ら動揺を見せることなく、施設内へと進んでいく。
一方、アヤコとウェンはやや緊張気味に早足でキャンピングカーを降りると、兵士との距離を取るように身を縮めながら、その後に続いた。わずかに強ばった肩と、そっと下げられた視線が、彼女たちの内心を物語っている。
「ここが中央コングマリットです」
ジュンが立ち止まり、背後を振り返って説明を始めた。
「ここには複数の企業が拠点を構えており、現在進行中の内戦状況を利用して、新技術の開発、兵器の試験運用、設計検証、エネルギー応用まで、あらゆる分野の実証実験が行われています」
ジュンは出来る限り感情を排し、事務的な口調で説明しようとした。だが「内戦」という単語を口にした瞬間、どうしても声がわずかに歪む。抑えきれない悔しさと、割り切れない感情が滲み、ほんの一瞬だけ、表情が硬くなった。
すぐにそれに気づき、ジュンは小さく息を整える。何事もなかったかのように表情を切り替え、無機質な壁面の一部へと端末を近づけた。
直後、仄かな光が走る。
壁の表面に認証パネルが浮かび上がり、指紋と虹彩のスキャンが一瞬で完了する。無音に近い駆動音とともに、金属製のエレベーター扉が左右へと開いた。
中は明るく、冷たい光が天井から均等に降り注いでいる。無人の大きなエレベーターホールには雑音一つなく、足音さえ吸い込まれるようだった。医療施設にも似た清潔感と、徹底管理された静けさが同時に漂っている。
「情報漏洩などは、大丈夫なんですか?」
クロが歩みを進めながら、静かに問いかける。
「はい、問題ありません」
ジュンは即座に答え、端末を掲げたまま説明を続ける。
「各端末には、使用者の個体情報が厳重に紐づいています。許可された区域にしかアクセスできない仕様で、指紋、虹彩、脈拍、体温、発声パターン、歩行癖までリアルタイムで照合されます。たとえ第三者が他人の端末を盗んだとしても、生体データの不一致が検出された時点で即座にアラートが発生し、憲兵に自動通報されます」
クロはそれを聞き、納得したように小さく頷いた。
実際、これだけの人数が一斉に施設へ入っているにもかかわらず、警告音もアラームも鳴らない。それ自体が、このシステムの完成度を何より雄弁に物語っていた。
「今は制限区域ではないのですか?」
「現在は、皆さんの入館に合わせて企業区画の立ち入りを完全に制限中です。一部の憲兵と兵士のみが待機状態にあり、他の社員はすべて退去済み。外部ネットワークも完全遮断され、記録はすべて封鎖された独立サーバーに格納されています」
そこまで説明したところで、背後から低い声が割って入る。
「それを俺達が、漁り放題ってわけだな」
シゲルだった。エレベーターの中へと足を踏み入れながら、ジュンに視線を向ける。その口調は軽いが、表情はどこか複雑だ。
実際のところ、当初は「データを見せるだけ」の話だったはずだった。だが、クロに言い負かされ、話の流れで解析の話が出てきて、気づけばデータ取得の黙認に近い状況に追い込まれている。
ジュンの表情が、わずかに引きつる。
「……見るだけです。そのままにして頂けたら……」
必死に釘を刺すが、声には自信がない。
「わかってるって。でも偶然ってあるだろ。それは認めたよなぁ」
シゲルは肩をすくめ、半ば冗談めかして言う。だが、その“偶然”の意味するところが重いことは、全員が分かっている。
「認めたというより……認めざるを得ないというか……」
ジュンの声は次第に細くなり、最後は言葉を濁したまま消えていく。反論しようにも、もう理屈では勝てない位置にいることを自覚していた。
全員がエレベーター内に乗り込んだのを確認すると、ジュンは操作パネルの前に立つ。
その指先の動きは、まるで格闘ゲームのコマンド入力のように素早く、正確だった。迷いのない操作に合わせて、パネルが一瞬だけ光り、エレベーターの扉が静かに閉じる。
低い駆動音と共に、箱は上昇を始めた。
「にしても、なんか……病院みたい」
アヤコが天井を見上げ、声を潜めてぽつりと呟く。
「静かすぎるし、白すぎるし、落ち着かない……」
「私も初めてのとき、そう思いました」
ジュンが苦笑を浮かべながら頷く。
そんなやりとりの合間にも、エレベーターは静かに高度を上げていく。
ジュンの苦悩に滲んだ表情とは裏腹に、アヤコ、シゲル、ウェン、スミスの面々は、上昇とともにそれぞれの期待を膨らませていった。




