企業区画までの爪痕と、賑やかな車内
ジュンのナビの元、キャンピングカーは企業区画へと進む。地下通路の幅は広く、天井も高い。照明に照らされた路面は不自然なほど整っているが、その先に見え始めた光景は、整然という言葉からかけ離れていた。やがて視界に入ってきたのは――破壊された戦艦や、損壊した機動兵器の残骸だった。しかも、それが一つや二つではない。あちこちに瓦礫と化した鋼鉄の塊が転がり、外壁をえぐられた機体が無惨な姿を晒している。焼け焦げた装甲、引き裂かれた関節部、ねじ曲がった砲身。戦闘の痕跡が、そのまま放置されたような光景だった。
「クロ、あれって……」
アヤコは思わず声を潜めながら尋ねる。隣のウェンも同じ方向を見つめ、視線は窓の外に釘付けになっていた。言葉にしなくても分かる。どちらも、想像以上の“爪痕”に息を飲んでいる。
「あれは……クレアとエルデですね」
何でもないことのように、クロが答える。その声音は淡々としていて、特別な感情の揺れは感じられない。だが、その瞬間だった。クロの肩に乗っていたクレアが、ふわりと軽やかに飛び降りる。
しなやかにテーブルへ着地したクレアは、ためらいもなく跳ねるようにアヤコの膝の上へ飛び込んだ。反射的にアヤコが両腕を伸ばし、その小さな体を抱き留める。勢いはあるが重さはない。だが、勢いと同時に伝わってくる“得意げ”な気配が強い。
クレアは前足を伸ばし、窓の外の破壊跡を指し示すようにして、誇らしげに胸を張った。
「あれは、私が倒したんです!弱かったですよ。私の爪でしゃっ!ってやったら、もう一発でした!!あの戦艦も大したことなかったです。地上にへばりついてたから、フレアを撃ち込んで、どーん!って!」
クレアは両前足を大きく振り下ろし、まるでそのときの爆発を再現するかのように小さな体をばたばたと動かした。
尻尾まで使って炸裂の表現を加える姿は、本人の自覚のなさも相まって、ますます無邪気に映った。
「あ、もちろん手加減しましたよ。ジュンがそう言ってきましたので!」
語尾に勢いを乗せ、体を上下に揺らしながらの全力アピール。声は弾み、尻尾はぶんぶんと揺れている。その様子は、完全に“妹が姉に戦果を自慢している”構図だった。
本来なら微笑ましい光景だ。実際、仕草だけを見れば可愛い。だが、クレアの話している内容は、どう聞いても破壊行動――いや、ほぼ蹂躙である。
一瞬だけ、アヤコは言葉に詰まる。目が泳ぎ、視線が行き場を失う。褒めるべきか、突っ込むべきか、そもそもこの規模の話をどう受け止めるべきか。だが、その迷いを一瞬で吹き飛ばすのが、クレアのつぶらな瞳だった。
「褒めてくれないの?」と言わんばかりに、じっと見上げてくる視線。
……無理だった。完全に負けた。アヤコは小さく息を吐き、観念したようにクレアをぎゅっと抱きしめ、その頭を撫でる。
「すごいね、クレア!さっすが私の妹!」
声は自然と弾み、表情も柔らぐ。撫でられたクレアは一瞬きょとんとし、次の瞬間には満面の笑み。尻尾が千切れるのではないかと思うほどの勢いでぶんぶんと振れ始める。
その様子を見て、ウェンは肩をすくめつつ、苦笑交じりに声をかけた。
「お姉ちゃんは大変だね」
どこか他人事のようでいて、ちゃんと状況を理解している声だった。
「いや~大丈夫だよ。それに、クレアは可愛いしね。……誰かさんみたいにいらないことは言わないし」
そう言いながら、アヤコはちらりとクロの方へ視線を向ける。その口調には、明らかに棘が含まれていた。冗談半分、だが本音も半分。少なくとも、からかいの矛先がどこに向けられているかは、はっきりしていた。
だがクロは、どこ吹く風といった顔で、何も気にした様子を見せない。反応を期待されていることすら、気づいていないかのような無表情。けれど、その沈黙を埋めるように、隣で小さく膨れる影があった。
エルデだった。ほんの少しだけ頬を膨らませ、目を伏せながら口元を尖らせている。声は小さく、吐き捨てるというよりは、こぼれるような音。
「……自分も頑張ったんすけど」
拗ねたというには静かすぎる、けれど確かな不満の滲む声だった。
クロはその言葉にすぐ反応し、穏やかな調子で応じる。
「ええ、私が知っていますから」
その言葉と共に、クロの手がそっとエルデの頭へ伸びた。躊躇も迷いもなく、まるで当然のように、その柔らかい髪を撫でる。
エルデは一瞬だけ目を見開き、びくりと肩を揺らした。だが、クロの手が優しく何度も往復するうちに、その緊張もすぐにほどけていく。恥ずかしさと嬉しさが入り混じったような、どこか照れた顔になり、やがて目尻がふわりと緩んだ。
「……苦労するな」
そんな様子を見ていたスミスが、楽しげな声音でぽつりと呟く。冷やかしとも、労いともつかないニュアンスだった。
クロはその言葉にわずかに笑みを浮かべ、冗談のように、しかしどこかしみじみとした口調で返す。
「ええ。おかげで――寂しくなる暇がなくていいですよ」
自分でも、口にしてから気づいた。
クロは、指先をそっと握るようにしてから開き、わずかに視線を落とした。
その何気ない仕草に、少しだけ戸惑いが滲む。けれど、それを否定することはなかった。
それはスミスにとって、十分すぎるほどの“答え”だった。
「そうか」
短く返し、満足げに笑うスミス。
クロはふと、今の自分の発言を思い返し、わずかに瞬きをした。驚いたような顔で一瞬だけ沈黙し、それでも否定することなく、静かに視線を落とす。
――確かに、自分はそう感じているのだ。
数千年という時の中で、無数に積み重なってきた静寂と孤独。それをすべて消し去ることはできない。けれど、今、この狭い車内の賑やかさが、その欠片を少しずつ溶かしていく感覚は、確かに存在していた。
「……いい変化、かな」
ぽつりとこぼれた言葉は、誰に向けたものでもなく、ただ空気に溶けていった。
車内のざわめきとモーターの低い駆動音に混ざり、やがてその声も、静かに消えていく。




