消えた気配
食事を終えると、リビングの空気が一気に実務的なものへと切り替わった。ウェンとスミスが手際よく立ち上がり、準備された機材のセッティングに入る。
やがて、テーブルの上には二台の装置が置かれた。一つはリストレイント用の弾薬とマガジンを生成する量子プリンター。もう一つは、薬剤を封入するための真空圧縮充填装置だった。
「端末をペアリングして、操作画面から指示を出せば量子プリンターは動くよ」
ウェンはそう説明しながら、クロの端末に必要な製作データを送信する。
クロがそれを受け取り確認すると、端末の画面には弾薬の設計図や交換可能な各部品に加え、サブマシンガンの追加パーツ情報まで網羅されていた。クロの肩に乗っていたクレアが小さく首を伸ばし、画面を覗き込む。同時にエルデもクロの横から身を寄せてきて、食い入るように画面を覗く。
「弾とマガジン、あと周辺パーツの製作データはすでに転送しておくね。自分でも試しに作ってみて」
ウェンの言葉に、クロは苦笑しつつ端末をエルデに手渡す。すると、クレアはすぐさまエルデの頭へとぴょんと移動。器用にバランスを取りながら画面を見つめ続ける。
スミスはその微笑ましい様子に穏やかな笑みを浮かべ、ウェンは笑いながら真空圧縮充填装置を指差した。
「この装置は、スラコンや中和剤をカートリッジから直接、弾に封入するためのもの。空の弾とマガジン、それに不燃性の圧縮ガスをセットすれば、自動で必要な工程を完了させてくれる。クロは手を出さずとも待つだけで大丈夫」
その説明とともに、ウェンは装置の側面から透明な小型ボトルを取り出した。
「これは、その他の液体素材を入れるための専用ボトル。必要に応じて量子プリンターで複製できるし、素材によって弾の特性も変わるから、いろいろ試してみてね」
クロの前に差し出されるボトルと共に、装置の周囲が手際よく整えられていく。リビングの一角は、いつの間にか作業空間へと姿を変えていた。
「ありがとうございます。これで二つ目が完成ですね。残り一つ、期待していますね」
クロは静かに笑い、装置を手に取ると、次の瞬間、淡い光とともにそれらを別空間に格納していく。道具がひとつ、またひとつと吸い込まれるように消えていく様子を、ウェンとスミスは満足げに見送った。
「ワイヤーフックも、ある程度目処が立ってきてるから。楽しみにしててね」
ウェンが自信ありげにそう告げた直後――玄関の自動扉が開き、誰かが戻ってくる音がした。
現れたのは、ギルドでの任務を終えたポンセだった。少し疲れを滲ませた表情で室内を見回し、目に入った光景に目を細める。
「戻りました。……スミスさん、ウェン? 何故ここに?」
リビングに集まった面々と装置の数々。想定外の状況に、ポンセの表情がやや強張る。
「ポンセ、いいタイミングですね。簡易端末は?」
クロが問うと、ポンセはジャケットのポケットから手のひらサイズの端末を取り出し、軽く掲げる。
「はい、受け取りました」
クロは頷き、即座に指示を出す。
「クーユータに戻って、戦艦をトゥキョウ基地に移動させてください」
その言葉を受け、ポンセは一瞬だけ動きを止めた。簡易端末を握ったまま、命令の内容を頭の中でなぞるような、短い沈黙。
「……了解しました」
それを確認してから、クロはシゲルの隣へと腰を下ろし、シゲルの隣に座っていたジュンの方を振り返る。
「ジュン。うちの戦艦を、今から指定宙域経由でトゥキョウ基地に向かわせます。革命派に干渉させないように通達をお願いします。万一、妨害があった場合は――容赦なく潰すとも、伝えてください」
淡々とした声だったが、その奥には決して譲らぬ冷たさが含まれていた。
エルデから端末を返してもらったクロは、素早く宙域データを転送する。
ジュンはすぐに確認し、通信に移ろうとした――しかし、途中で指が止まる。そしてゆっくりと顔を上げると、クロを見つめて首を横に振った。
「……ここでは指示が出せません。一度、本部に戻らないと無理です」
「距離の問題だな。よし、アヤコ、準備するぞ。スミスも、持っていくものがあれば用意しとけ」
シゲルが即座に仕切り、作業場へと向かう。ジュンもなぜかそれに続くように、その背中を追った。
アヤコとウェンは一瞬だけ顔を見合わせ、思わず小さく笑うと、それぞれ気持ちを切り替え、スミスと共に各自の準備に入っていく。
クロがソファーから立ち上がると、エルデも続くように歩き出す。クレアはエルデの頭からクロの肩に軽やかに移動し、バランスよく落ち着いた。
そしてクロは、改めてポンセの前に立った。
ポンセは簡易端末をクロに手渡しながら、少しだけ困ったような顔で問いかける。
「今から、どこに向かうんですか? あと……シゲルさんのそばにいた軍服の方は?」
「今はまだ詳細は伏せます。とりあえず、言ったとおり戦艦に戻って、連絡があるまで待機していてください。詳しい状況や動く際の指示は、後ほどエルデから伝えさせます」
「了解っす。ポンセさん、よろしくっす!」
エルデが元気よく答え、右手を軽く挙げると、ポンセもわずかに笑い、静かに頷く。そのままポンセは倉庫奥の転移シャッターへと向かっていく。
「クロ様、転移シャッターで戦艦に戻って、そのまま戦艦ごと転移すればいいのでは?」
クレアが、素朴な疑問をぽつりと漏らす。
それに対し、クロは少しだけ唇を曲げ、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「レッドラインのことは、まだ秘密なんですよ。お父さんやお姉ちゃんには、バレたくないですから」
その言葉に、クレアは「なるほど」と素直に頷き、エルデは「知らないっすよ」と笑いながら肩をすくめた。
そんなやりとりの後、各自の準備が整いはじめる。
アヤコは、端末類を一つずつ丁寧に格納していく。解析用に独自改修が施された端末。保護用のフィルタープロトコルガード。そして携帯工具を収めたコンテナを、浮遊式のフロート台車に慎重に積み込む。動きに無駄はなく、すべてが計算された作業だった。
ウェンとスミスはすでに準備を終えていた。出発前に手際よく荷造りを済ませていたのだろう。それぞれの手には、必要な工具と部品が詰められたバッグが握られている。二人とも無言のまま、それでいてどこか頼もしさを感じさせる立ち姿だった。
だが、その整った光景の中に、一人だけ明らかに異質な存在がいる。
シゲルだった。
その背には、人ひとりが丸ごと入りそうな巨大なバックパック。まるで長期遠征か、前線への単独任務にでも向かうかのような、圧倒的な物量。しかし本人はそれを当然のように受け入れ、腕を組み、無言でその場に立ち尽くしていた。
クロは思わず眉をひそめ、その異様な荷姿に不安げな声を投げかける。
「それでいいんです? ……かなりでかいですが」
問いかけに、シゲルはニヤリと唇の端を吊り上げ、無言で頷く。その自信満々な表情に、クロの不安はむしろ増すばかりだった。
視線は自然と、隣にいたジュンへと流れる。一緒に行動してきた彼女に助けを求めるように目を向けると、ジュンは静かに、しかし深く頷いた。「問題ない」と言葉を使わず伝えるような、落ち着き払った仕草だった。
クロは諦めにも似たため息を一つ吐き、軽く首を傾げる。
「……なんか釈然としませんが、いいでしょう。では、転移します。私に触れてください」
その一言で、全員が即座に動いた。
シゲルは迷いなく、クロの頭に大きな手を置く。アヤコとウェンは、左右からクロの腕へとそっと手を添えるようにして触れた。エルデはクレアがいる肩とは反対側に乗り移り、小さな身体で慎重にバランスを取る。ジュンとスミスはそれぞれ、クロの手をしっかりと握った。
全員の動きに、戸惑いも、躊躇もない。まるで最初から決まっていた配置のように、静かで、確かな連携だった。
そして――その瞬間。
空間が、ふわりと歪む。
視界が白く染まり、光が視神経を塗りつぶす。一瞬だけ、重力が逆さになったような感覚が全身を駆け抜け、次いで、そのすべてが――消えた。
誰もいなくなったジャンクショップのリビングには、深い静寂が訪れる。片付けられたキッチンには、洗いたての食器が整然と並び、棚の上には、ほんのりと温もりを残したままのマグカップが置かれていた。
だがそこに、人の気配は一切ない。ほんの数分前まで談笑と準備の声に包まれていた空間は、いまや残響すらない、完璧な静寂に包まれている。
ただ、わずかに揺れる空気だけが――その場に何かがあったことを、静かに物語っていた。




