リストレイントの実演
クロの言葉を受けて、シゲルがゆっくりと視線をクロに向けた。その目には、わずかな棘が混じる。
「なら、命中率が悪くても、射程が短くても問題ないってことか?」
その問いは、わざとぶつけられた皮肉めいたものだった。淡々とした口調ながら、問いかけの芯には容赦がない。ウェンとアヤコが、再び表情を曇らせ、視線を下げる。その顔には、明確な敗北感と自責の色が浮かんでいた。
だが、当のクロは微塵も動じなかった。
「ええ、問題ないですね。それよりも、お父さんこそ分かってて言ってますよね。二人がそんなバカみたいな設計はしないし、造らないっていうことを」
返された言葉に熱はない。だが、その無感情さこそが、確固たる信頼と評価を示していた。
クロはそのまま手元のリストレイントを軽く持ち直し、作業台の上へと置く。そして、隣に立つスミスへと顔を向けた。
スミスは、ほんの僅かに口元を緩めた。年輪の刻まれた顔が、どこか楽しげに笑っている。何も言わず、それでも確かな意思を込めて、静かに頷いた。
クロは、それを見届けると、シゲルに向き直る。
「ほら、問題ない。……全く、この機会に心構えを説きたいのかなんかは知りませんが、利用しないでくださいよ。話が進まない」
呆れを込めたような声音に、シゲルもまた鼻を鳴らす。
その態度は、まるで茶番を楽しむ子供のようだった。
「バカだなクロ。俺がそんなことするわけないだろ」
シゲルはそう言って肩をすくめると、今度はウェンとアヤコの方へと視線を流す。二人がゆっくりと顔を上げる。落ち込んでいた表情が、わずかに色を取り戻しつつあるのを見て、シゲルはにやりと意地悪く口角を上げた。
「仕返しだよ。だいたい、この二人が考えなしにこんなもん造るわけがねぇ。……それ以前に、スミスが許さねぇよ」
そして、笑いを堪えきれず、指を差しながら言い放つ。
「これは、ビール禁止された事への嫌がらせだ! 見事に泣きやがったわ!」
わざとらしく大声で笑いながら叫ぶその姿に、ウェンとアヤコの顔が赤くなる。怒りと恥ずかしさが入り混じった表情が一気にこみ上げた。
次の瞬間、アヤコが無言のままリストレイントを手に取る。その動作は冷静で淀みなく、慣れた手つきでマガジンを装填し、セーフティを外した。
「ちょ、ちょっと待てアヤコ、話せば――」
シゲルが焦ったように声を上げる。だが、その言葉が最後まで届くことはなかった。
アヤコは何も言わなかった。目を伏せることも、戸惑うこともなく、確認するように一度だけ照準を定め、静かにリストレイントを構えたまま、引き金に指をかける。
そして、躊躇なく撃ち始めた。
金属的な駆動音とともに、一瞬の連射でスラコン弾が撃ち出される。そのすべてが寸分違わぬ精度で、シゲルの両手、両足、さらには胴体へと次々に叩き込まれた。弾が触れた瞬間、ぬめりを含んだ粘質が瞬時に広がり、間を置かずに硬化していく。弾が弾け、圧縮されたスラコンが解放される音とともに冷却が走り、皮膚の上から装甲のように覆われた。
その速度は、人の反応を許さない。
「痛っ……た!! バカかお前ぇ~~~~!!」
シゲルが絶叫する。だが、両手はすでに肘から先まで完全に固定され、まるで腕が壁に接着されたかのように動かない。もがこうにも、足元までがっちりと封じられており、自由を奪われた体はバランスを失ってゆく。
そして――重力に逆らう術もなく、傾いた身体はそのまま背後へと崩れ落ちた。
「危ない!」
ジュンが反射的に飛び出し、受け止めきれないまでも、咄嗟にその頭を庇った。床に打ち付けられるのは回避されたが、シゲルの全身はスラコンの硬化層に覆われ、手も足も胴も、動く部分は一つとしてなかった。まるで、ぶら下げられたミノムシのように、不恰好な姿勢で床に転がる。
その様子を見届けたアヤコは、ふうっと息を吐いた。その吐息は、怒りでも興奮でもなく、どこか清々しさを含んでいた。長く張っていた緊張の糸が、ようやく緩んだような静かな感覚が、彼女の肩から滲み出る。
手にしたリストレイントを軽く持ち上げ、クロへと掲げて見せる。銃身にはまだ発熱の名残があり、うっすらと湯気のような白煙が漂っていた。その上で、スライドは完全に下がったまま――明らかに、弾倉が空になった証拠だった。
アヤコは、まるで何もなかったかのように微笑んだ。その笑顔には、罪悪感の影すらない。無邪気で、純粋で、どこまでも優しい表情だった。
「見ての通り、全弾確実に破裂して一瞬で硬化するよ。撃ち尽くしたら、スライドが下がったままになるから……マガジンを交換してね」
言い終えるその声は、どこか楽しげで、まるでおもちゃの使い方を教えるような調子だった。
その様子を見ていたウェンも、つられるように笑顔を見せた。ただし、その笑みもまた、見ようによっては危険な香りが含まれている。
ウェンは無言でもう一丁のリストレイントを手に取り、器用な手つきでマガジンを交換する。カチリと小さな音が響き、銃が再び使用可能な状態になる。
「ちなみに、弾には中和剤も込められるから。撃ちたくなったら、マガジンを交換して撃てばいいよ。見分け方は弾の色を変えればいいから、それで識別すればいいよ」
淡々と説明するその口調には、妙に慣れた響きがあった。まるで、これが日常の作業であるかのように、迷いはない。そしてそのまま、動けなくなったシゲルへと躊躇なく照準を合わせた。
トリガーが引かれる。
中和剤を込めたスラコン弾が、ピンポイントで撃ち出される。その瞬間、シゲルの全身から湯気が立ち上った。
「あっっ!! バカ! あっついって!!」
今度は熱を帯びた悲鳴だった。スラコンが中和される過程で発生した蒸気熱が、皮膚を焼くように錯覚させる刺激を与えたのだろう。表面から白い煙が立ち昇り、スラコンの層がみるみる溶けていく。
それでも、ウェンはすっきりとした表情のまま、一歩も引かなかった。その笑顔は、まるで長年の恨みを解き放った後のような、透き通るほどに晴れやかだった。




