玩具か否か
「まず――弾の問題だ」
シゲルは、作業台にずらりと並べられたリストレイントを一瞥し、そのままの流れで口を開いた。言葉に迷いはなかった。初手から鋭く本質を突いてくる。
「最初から九ミリの方がよかったな。命中精度も射程も、現場じゃ信用できる」
その一言に、場の空気がわずかに緊張を帯びる。対するウェンは、即座に食い下がるように声を発した。
「でも……着弾時の圧力が強すぎて、傷つけてしまう可能性があるし。それに、弾の量も――」
言い終わる前に、シゲルの指が鋭く突き出された。その動きに反応するように、ウェンの言葉が途中で止まる。
「バカか。それでいいんだよ」
低く、くぐもった声だった。だが、その声音に込められた現場の重みが違った。瞬間、ウェンは何かに圧されるように口をつぐむ。
シゲルは指を下ろさないまま、さらに言葉を重ねていく。一つひとつを、噛み砕くように、容赦なく。
「いいか。こいつが相手にするのは、犯罪者と海賊だ。別に死ななきゃ、多少傷つこうが問題はねぇ」
どこまでも冷徹な現実。現場に立つ者としての覚悟が、その言葉には染み込んでいた。
シゲルはウェンの前に右手を差し出し、指を一本ずつ折っていく。それは、この銃を「玩具」と断じた理由を、順を追って突きつける所作だった。
「それにな……球体弾にしたせいで、命中率は落ちる。射程も短くなる」
一指目。
「拘束できる前に逃げられたら――それこそ、本末転倒だ」
二指目、三指目と、指が静かに折り畳まれていく。それに合わせるように、ウェンの顔色が沈んでいった。隣にいたアヤコもまた、視線を落とし、歯を食いしばる。一緒に設計したからこそ、指摘がどれも的確で、否定できないことが嫌というほど分かってしまう。
シゲルの指はさらに折られていく。
「加えて言えば――三点バーストやフルオートなんざ、要らねぇ」
四指目。その言葉は、リストレイントの根幹を否定するものだった。彼の指が折られるたびに、二人の表情から色が抜け落ちていく。
クロは黙って様子を見守っていた。スミスは目を閉じたまま、一言も発さず、事の成り行きを静かに受け止めている。
「そんな撃ち方をするなら、最初からマシンガンの方がいい」
「それは……クロの要望で……」
ウェンが絞り出すように反論するが、その声を、シゲルが即座に打ち消す。
「だったら、サブマシンガンの方がいいに決まってるだろ」
吐き捨てるような断定。空気を切り裂くような鋭さがあった。
「恐らくな。そこに転がってるパーツを組み替えりゃ、そういう構成にも出来るんだろうが……」
視線が、作業台の隅に無造作に置かれた予備パーツへと移る。
「無駄だ」
短く、明確に切り捨てる。
「戦場で即座に取り付けが可能なのか? それに、最初からフルオートに出来るなら、そんな機構は要らねぇ」
指を折る仕草が止まり、右手がゆっくりと握り込まれる。そして最後に、拳が静かに作業台の前で止まった。
その拳に込められていたのは、言葉以上の重みだった。視線は冷え切り、声の温度だけが、場から切り離されていた。
「――さて。以上を踏まえて」
静かに、問いが落とされた。
「これは玩具だ。それで、間違いないか?」
沈黙が広がる。誰も答えなかった。張り詰めたような空気が作業場を包み込む。
「……」
その静寂を破ったのは、かすれたほど小さな声だった。
「……違う」
それは、俯いたままリストレイントを握るウェンの声だった。拳が微かに震え、唇がわずかに動く。
「違う……これは、玩具じゃない」
震える声。だが、その言葉には確かな意志が宿っていた。
「確かに……シゲルさんの言ったことは正しい。全部、正論だと思う」
それでも、と続ける。
「でも……悩んで、何度も作り直して……自分の限界も、壁も、全部叩き壊して造った」
顔を上げる。その頬を、涙が静かに伝っていた。
「クロのためにって思って作った、その気持ちまで……全部ひっくるめて、これは造ったんだ! ……無駄だったなんて、思いたくない! 何一つだって、無駄じゃない!」
その言葉に重なるように、アヤコが声を張る。
「そうだよ、じいちゃん」
こちらも目元に涙を浮かべながら、しかし視線は逸らさずまっすぐに見つめる。
「リストレイントは、クロのための銃。クロが使いやすいように、考えて、考えて設計した特別なもの」
一度、感情を落ち着けるように言葉を区切り、はっきりと言い切った。
「確かに、じいちゃんの言ってることは合ってる。でも……私たちが作ったものを、玩具だなんて言わないで!」
シゲルは何も言わず、静かに二人の言葉を最後まで聞いていた。そして――意外なほどあっさりと、突き出していた右腕をすっと下ろした。
その顔に浮かんでいたのは、どこか楽しげな、柔らかい笑みだった。
「そうだ」
シゲルは一度、視線を落とした。ほんの短い沈黙のあと、口元にわずかな笑みが浮かぶ。
「それでいい」
腕を組み、視線を落とす。どこか満足げな表情で、二人を見下ろすように言葉を重ねた。
「いいか。今言ったことは全部、本当だ。だがな――お前たちが設計して、作り上げたものも……それもまた、本当だ」
言葉の調子が変わる。先ほどまでの苛烈な否定ではなく、今は確かめるように、穏やかに。
「もし今の問いに、“玩具です”って答えてたら、俺は迷わず言ってた。技術者、辞めろってな」
静かに、だが断言する。その視線には一切の揺らぎがなかった。
「……今の答えなら、文句はねぇ」
シゲルはそれだけ告げると、スミスの方へと顔を向ける。スミスはゆっくりと目を開け、その視線を受け取り、小さく頷いた。
作業台に手をつきながら、穏やかな口調で語り出す。
「シゲルさんの言っていることは、一つの意見だ」
落ち着いた声。だが、その内に込められた芯の強さは、揺るがなかった。
「だがな……なぜ、あんな言い方をしたと思う?」
問いが投げかけられる。ウェンとアヤコはすぐに答えられなかった。涙を拭いながら、ただ顔を見合わせる。
スミスはそんな二人を見て、優しく笑った。
「他人の評価に、踊らされないためだ」
間を置いて、静かに続ける。
「いかに自分を信じられるか。そして今回は――クロを信じられるか」
視線が、作業台の上のリストレイントに移る。マガジンを手に取り、その中から一発の弾を取り出す。弾を光にかざしながら、指先でゆっくりと回転させる。
「物に、正解なんてない。人の意見は千差万別だし、評価は使う人間によって変わる」
そう言って、弾を見つめたまま、問いかける。
「なら、二人は何を信じる?」
一拍の間。そして、力強く、言い切る。
「使わないシゲルさんの意見か? それとも――納得し、満足して受け取ったクロか?」
迷いはなかった。二人は声をそろえて、はっきりと答える。
「クロを信じる」
重なった声が、作業場に力をもたらす。スミスは静かに頷き、そのままクロの方へと視線を向ける。
クロは頭をかきながら、少しだけ困ったような笑みを浮かべた。
「そもそも、なんですが」
柔らかな口調だった。だが、その語調には迷いがなかった。
「私は、ダメだなんて言っていませんし……普通に満足していますよ」
リストレイントを手に取り、構えながら視線を落とす。その表情には、確かな感触を得た者だけが持つ静かな満足があった。
「ギミック満載で、いいじゃないですか。さっきも言いましたが、私としては問題ないです」
自然な動きで構え直す。照準が吸い付くように定まり、クロの目が細められる。
「確かに……お父さんの言うとおり、実戦だけを考えるなら、そちらの方が合理的でしょう」
一度、二人の方へと目を向ける。その目に、揺らぎはなかった。
「ですが、私が欲しかったのは“それ”ではありません」
そう言って、再び銃に視線を戻す。その外装を指先でなぞり、言葉を紡ぐ。
「お父さんの案だと、外装も、構造も、思想も――全部変えなければならない」
静かに、だがはっきりと。
「それでは、私が納得して受け取ったものではなくなってしまう」
銃をそっと下ろし、二人の方へと歩み寄る。目を合わせて、真っ直ぐに言い切る。
「だから――私は、今はこれがいいんです」




