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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
二度目の目覚め
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魂の選択と誓い

 バハムートは、一度だけ大きく腕を振るった。


 その一撃に反応するように、ホエールウルフが反射的に後方へ飛び退く。空間に距離が開き、緊張だけが濃く張り詰めた。


 そして――バハムートは静かに動きを止めた。


「――決めろ。ここで朽ちるか、それとも、俺と共に来るか」


 放たれた声には、威圧も怒気もなかった。けれど、その響きは刃よりも鋭く、静かに獣の心へ突き刺さる。


 選択肢はただ二つ。死して無に還るか、敗れて生き延びるか。そのどちらもが、逃れようのない現実だった。


「お前が死を越えて辿り着いた、その境地……殺すには、あまりに惜しい。だが、それでも仲間のもとへ行く覚悟なら――せめて、苦しまずに終わらせてやる」


 そう告げたバハムートは、迷いなく右手を差し出す。


 掌は開かれ、拒絶ではなく、選別の意志だけが宿っていた。


「――決めろ。生か、死か」


 ホエールウルフは、迫られた選択に――息を呑んだ。


 絶対的な強者。その圧倒的な存在が、己の闘志と技を称賛し、そして――「共に来い」と、手を差し伸べている。


 信じられなかった。


 あれほどの力を前に、ただ塵と化す運命しかないと思っていた。


 だが、バハムートは違った。力だけではない。“選び取る者”だった。


 戸惑いが胸を満たす。その一方で、心の奥底が静かに震えていた。


 理解している。この選択は、ただの生死ではない。


 散っていった仲間たちがいる。自らの命を賭して、最期まで群れとして戦い抜いた同志たち。


 その魂に報いるための矜持。群れの長としての誇り。


 今ここで、生き延びるという選択は――その死を、否定することになるのではないか。


 あの最期を、ただ踏みにじるだけではないのか。


 だが同時に、己の力を、意思を、誇りを認めてくれた存在がいる。


 死を超えて至ったその“境地”を、価値あるものと認めた者が――そこにいる。


 生きるか。死ぬか。


 それはもはや、本能の問いではなかった。


 魂の奥から突きつけられる、存在そのものの選択だった。


 そして――決めた。


 選ぶのは、死。


 だが、それは滅びの意味ではない。


 これまでの自分は、ここで終わる。群れを率い、誇りを守り、仲間と共に死地へ挑んだ長としての自分は――ここに、死ぬ。


 そのすべてに悔いはない。誇りを貫いたその歩みに、曇りもない。


 だが今、目の前にいるのは、すべてを超越した存在だった。


 死すらも越えてなお、なお強さの先に“認める”という選択を持つ者。


 その手が、差し出されている。


 そこにあるのは服従ではない。敗北でもない。


 魂の奥に届いたのは――ただ一言、「共に来い」という、真の呼びかけだった。


 ホエールウルフは静かに、かすかに頭を垂れる。


 そして、生きる。


 これまでの命を終わらせ、新たな名もなき命として。


 己を認めてくれた、唯一の“強者”のもとへ――


 頭を垂れたホエールウルフを前に、バハムートはゆっくりと頷いた。


 そして、静かに右手を持ち上げる。


 爪先で指を裂き、黒銀の装甲の隙間から赤黒い血が一滴――無重力の空間に、浮かんだ。


「――飲め」


 短く、命ずる。


 その声に、ホエールウルフは迷いなく従った。


 滑るように前進し、その血に舌を伸ばす。


 ひと舐め――その瞬間、赤黒い雫が光となり、ホエールウルフの身体に染み渡っていく。


「契約は、成立した」


 低く告げる声と共に、バハムートは再び手をかざした。


 空間がわずかに軋み、そこから現れたのは――重厚な輪。


 直径は100mを超え、金属とも有機物ともつかぬ質感。


 外周には、古代語のような複雑な文様と、刻まれた意匠が螺旋状に刻まれていた。


「最後に、これを与える」


 輪はふわりと浮かび、ホエールウルフの右前脚へと滑り込む。


 その途端、自動的に収縮し、ぴたりと身体に馴染むようにサイズが調整される。


 金属の輪が一瞬光を放ち、内側に刻まれた文様が淡く脈打った。


「さて――そろそろ、身体に変化が出てくる頃だと思うが?」


 バハムートは腕を組み、ゆっくりと目を細めた。


 変化は、静かに、そして確かに訪れた。


 ホエールウルフの黒い毛並みが、徐々に色を深めていく。


 それはもはや闇の色ではなかった。光を拒み、空間すら呑み込むような――純粋な漆黒。


 四肢はさらに太く、しなやかに変化していく。筋肉の密度は増し、骨格の構造もわずかに歪み、より洗練された形状へと再構築されていく。


 かつての“獣”としての粗野な威圧感は、今や“武”として昇華されつつあった。


 そして――その変化の極点。


「……主。この身を、捧げます」


 静かに、低く、だが確かに届いたその言葉。


 空気も音もないはずの宇宙空間に、言葉が響いた。


 それは幻聴ではなかった。意思が、明確な“言語”としてバハムートに届いた。


 ホエールウルフが――喋った。


 かつての知性の欠片すら見せなかったその巨体が、今、明確な言葉で忠誠を誓った。


 ただ従うのではない。魂からの、選び取った服従。


 己を差し出すという、意志の告白。


 バハムートの眼が、わずかに細められる。


「……そうか。それでいい」


 その一言は、すべてを受け入れた証だった。

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― 新着の感想 ―
くじらさんの葛藤良かったー 眷属増えるとは思ってなかったドン
違った。 仲間が増えた!
キマシタワー!
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