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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
お掃除開始。クロの清掃大作戦!

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“異常”な才能

 ジュンは小さく首を横に振り、間を置かずに言葉を返す。


「それが、難しいんです」


 声は低く、淡々としていた。感情を押し出すことはない。だが、その抑えた声音の奥には、長い年月をかけて積み重ねてきた経験が沈殿している。


「これまで、幾多の悪質なプログラムが生まれてきました。自己変異、擬態、学習回避、意図的な誤検知誘発……」


 並べられる単語の一つ一つが、過去に起きた事故、侵入、そして取り返しのつかなかった被害を静かに呼び起こす。


 ジュンの声色は、終始変わらない。だが、その言葉は決して机上の知識ではなかった。現場で失敗し、対策を立て、また破られ、それでも積み上げてきた歴史そのものだった。


「その全ての傾向と変異を、個人が把握することなどできません。ましてや、定義された“悪意”だけを基準にしていれば、必ず抜け穴が生まれる」


 視線が、作業台の上に置かれたフィルタープロトコルガードへと向けられる。そして、ゆっくりとアヤコへ戻る。


「AIですら、その判別はかなり難しい分野です。学習させればするほど、想定外の攻撃に弱くなる。それが、現実です」


 一拍、沈黙を挟む。言葉を選ぶというより、重さを落ち着かせるための間だった。


「だから解析専門のチームが、このような小型ではなく、専用の大型端末を用意し、時間をかけて、何段階もの検証を行う」


 それが、常識。それが、これまで積み上げられてきた“正解”だった。


 ジュンは一度、短く息を吐く。


「……詳しくない私でも、その自作のフィルタープロトコルガードが、異常な代物だということは、はっきり分かります」


 ジュンの言葉は静かだったが、そこに迷いはなかった。立場を下げた言い回しを選びながらも、結論だけは譲らない。積み上げてきた常識が、否応なく突き崩されているという自覚が、その声音に滲んでいる。


「へ〜〜。そうなんだ」


 アヤコは素直に感心したような声を上げると、作業台の上の箱――フィルタープロトコルガードの外装を、確かめるようにそっと撫でた。それから、自然な流れでシゲルの方を見る。


 まるで「そう言われたけど、どうなの?」とでも聞くような視線だった。


 その反応を見て、シゲルは満足そうに口の端を吊り上げる。笑みを崩さぬまま、再びジュンへと語りかけた。


「ジュン。アヤコの腕は、お前自身が認めた通り、超一級品だ」


 わざとらしいほど、ゆっくりと言葉を置く。


「無論、俺もな……あまり認めたくねぇが、アヤコには少し劣るものの、超一級品だぞ」


 自信満々の宣言に、間髪入れずアヤコが口を挟む。


「じいちゃん。自分で言うんだ」


 呆れたような声だったが、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。長年の付き合いだからこその距離感。シゲルもそれを分かっているのか、「うるさい」の一言で軽く流す。


 そして、そのまま話題を切り替えるように、再びジュンを見据えた。


「でだ。ジュン。俺たちは、その解析専門チームに劣っていると思うか?」


 逃げ道を塞ぐ問いだった。比較対象を示した上で、答えの方向を限定する。


 ジュンは一瞬、言葉を探すように視線を落とし――だが、すぐに首を横に振る。


「……劣ってはいません」


 絞り出すような声だったが、否定は否定だ。


「だろ」


 シゲルは満足げに頷く。


「むしろ、俺達の方が上だ。そこに――」


 両手を大きく広げ、場を示すように続ける。


「自作のフィルタープロトコルガード。俺の分と、貸し出し用を合わせて五個ある。そこに、俺よりは劣るが超一級品の技術者が二人追加だ。十分すぎるだろ」


 断定だった。検討でも提案でもない。頭の中ではすでに、ジュンを丸め込むための計算が終わっており、吐き出されているのは結論だけだ。


 その言葉を背に、クロとエルデは自然な流れでアヤコの元へと歩み寄った。議論はもはや対等ではない。シゲルの勝利は確実であり、反論の余地を潰し、逃げ場のない地点へ追い詰めていくその手腕が、はっきりと見て取れる。


 その様子を横目で見ながら、クロはわずかに口元を緩め、アヤコへと語りかけた。


「ペテン師ですね」


 冗談めかした声音だったが、そこに含まれている評価は、決して軽いものではなかった。


 クロが感情を交えず、淡々と呟く。


「じいちゃん。だてに年、食ってないしね」


 アヤコは肩をすくめるような仕草を見せ、そのまま言葉を続けた。


「でも、一番は――自分が一番、見たいからだけど」


 からかうようでいて、核心を外さない。その一言には、シゲルという人物の本質を正確に射抜く確信があった。


 その時、エルデの頭の上から、クレアが軽やかに飛び降りる。音も立てずに作業台へ着地し、迷いなくアヤコの正面に立った。


「それは、お姉ちゃんもでは?」


 疑いのない、まっすぐな問い。計算も駆け引きもない、ただの確認だった。


 アヤコは一瞬きょとんと目を瞬かせ、次の瞬間には迷いなく笑顔を浮かべる。


「もちろん!」


 即答だった。好奇心と探究心。そして、自分の手で確かめずにはいられない性分――その全てが、隠しようもなくそこに表れていた。

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