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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
お掃除開始。クロの清掃大作戦!

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アヤコの技術と認識の差

「シゲルさんもアヤコも、ここは止めるべきです。人員は軍から出します」


 それは提案ではなく、判断だった。これ以上議論を続ける必要はない、と線を引く宣言。ジュンはそのまま話を切り上げようと息を吸う。


 だが、その空気を軽く弾くように、別の声が割り込んだ。


「ちょっと待てって、ジュン」


 楽しそうですらある声音。怒りと緊張が張り詰めた場に、あまりにも不釣り合いな軽さだった。


 声を上げたシゲルは、ジュンを正面から見据える。その表情は、まるで好奇心を刺激された少年のように輝いている。しかし、その奥には長年生き抜いてきた者だけが持つ、老獪さと計算が薄く滲んでいた。


 シゲルはゆっくりとジュンのそばへ歩み寄り、肩に手を置く。その仕草は親しげでありながら、同時に逃げ場を塞ぐ位置取りでもある。


「ジュン。一つ聞くがな」


 声は穏やかだった。だが、それは単なる問いではない。ジュンの理解度と前提認識を測るための、探りの形をした問いかけだった。


「アヤコのやってることは、簡単なことか?」


 問いが投げられた瞬間、間を置くことなくアヤコから返事が飛ぶ。説明する気すら感じさせない、反射に近い即答だった。


 呆れたようにシゲルを睨みつけ、わずかに眉を寄せる。


「じいちゃん。それ、質問になってない。簡単な事だよ」


 そう言い切る。そこに含まれるのは自信というより、前提の共有を求める感覚に近い。


 アヤコは軽く肩をすくめ、ジト目のまま視線を戻す。彼女にとっては、特別に誇るほどの行為ですらなく、日常の延長線にある作業なのだろう。


 その反応に、ジュンは言葉を失った。思わず目を見開き、数拍遅れて呼吸を整える。


 予想外だったのは、答えそのものではない。その“軽さ”だ。


 高度な技術行為を前にしているという認識と、それを扱う当人の感覚との間にある、決定的な温度差。そのズレが、ジュンの思考を静かに揺さぶっていた。


「……本気で言ってます?」


 ジュンはアヤコの方を向いた。その視線を受け、アヤコはジト目を崩し、わずかに驚いたような表情を浮かべる。


 思わず漏れた確認の言葉だった。疑っているのは、冗談かどうかではない。自分が当然としてきた認識そのものが、静かに揺さぶられている。


「へ?」


 アヤコが、間の抜けた素っ頓狂な声を上げる。相手を驚かせているという自覚は、欠片ほどもなかった。


 ジュンは視線を外さず、アヤコを見据えたまま、低く静かに続ける。


「私は、そういう技術面には、そこまで明るくありません」


 一度、言葉を切る。自分の立場と前提を整理するための、短い間だった。


「ですが……アヤコの腕前は、異常です」


 断定だった。評価ではない。積み上げた知識と経験から導かれた、事実としての認識だ。


「またまた〜」


 アヤコは軽く手を振り、肩の力を抜いたまま笑う。その反応には、防御も誇示もない。ただの素直な感想だった。


「だって、じいちゃんから教わって、あとは独学だよ。そんな腕前、高くないって」


 謙遜というより、本心。自分が特別であるという前提が、そもそも存在していない。出来るからやる。それ以上でも以下でもない。


 だが、ジュンは静かに首を振った。その動作には、感情よりも思考の重さが滲んでいる。


「いえ、異常ですよ」


 声は強くない。否定ではなく、認識を修正するための訂正だった。


「まず、そのオートマンと繋げている自作の機械。これは――フィルタープロトコルガード、という名前なんですが」


 言葉が落ちた瞬間、アヤコが目を瞬かせる。


「何その、カッコいい名前」


 驚いたように言いながら、アヤコは自分で組んだ小型ユニット――フィルタープロトコルガードに、無意識に手を当てる。まるで初めて“それ”を一つの装置として意識したかのような仕草だった。


 その様子を視界の端で捉えつつ、ジュンは続ける。


「これは、構造上、個人が造れるものじゃありません」


 理論から導かれた結論。疑問ではなく、断定だ。


「え? 作れたけど?」


 即座に返ってくる言葉。悪びれも戸惑いもない、事実の報告。


 そう言いながら、アヤコは軽くポン、と箱を叩く。それは完成品を確かめる癖のような動作で、出来て当然だと言わんばかりの自然さがあった。


 ジュンは一瞬、言葉を失った。想定外の反論ではない。“反論ですらない”ことが、想定外だった。


 やがて、ゆっくりと息を吐く。


「……いえ。無理です」


 断言。今度は迷いのない否定だった。


「ウイルスや、悪意のある攻撃を、どうやって判別するんです?」


 問いの形はしているが、そこに純粋な疑問はなかった。それは反論ではなく、常識の確認に近い。“そこ”が最大の壁であることを、ジュンは嫌というほど知っている。


 それに対し、アヤコは少しも悩む様子を見せず、あっさりと説明を始めた。


「それはね、攻撃を受ける専用の端末を組み込んで、わざと攻撃を通すんだよ」


 まるで、手順書をなぞるような軽さ。


「ちゃんと効いてるように見せかけて、攻撃先を安心させるの。その上で、必要なデータだけをフェイクフィルターを何層も通して、綺麗にしてから――」


 指先が、フィルタープロトコルガードの外装をなぞる。


「専用のアプリで解析するだけ」


 “だけ”。


 その一言が、場の空気を微妙に歪めた。

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