技術者たちへの招待
予約投稿の設定を誤ってしまいました。
申し訳ございません。
次回の更新は8日からとなります。
どうぞよろしくお願いいたします。
その言葉を聞いた瞬間、シゲルとアヤコの目が、はっきりと輝いた。
技術者として、企業の最新設計思想や生産ライン、制御ロジックに至るまでを、ほぼ制限なしで覗ける機会など滅多にない。ましてや、それを好きなだけ検証し、分解し、仮説を立て、照合し、必要であれば検証用に再構築できる――そんな環境は、夢物語に近い。
クロの差し出した“お土産”は、金でも武器でもなかった。だが、技術者という生き物の理性と欲求を同時に刺激するには、あまりにも的確で、そして危険な誘惑だった。
アヤコは思わず口を開き、端末を落としかける。慌てて体勢を立て直した拍子に作業台へぶつかり、工具同士が触れ合って小さく音を立てた。
シゲルもまた、思わず口元を歪める。無意識のうちに、工具を握る指に力がこもっていた。
アヤコは端末を握り直し、視線をクロから離さない。だが、その熱を真正面から断ち切る声があった。
「クロ。データは“見るだけ”です」
はっきりとした制止だった。それは先ほどまでの好奇心や、技術者同士の高揚とはまったく異なる響きで、軍人として一線を引く声音だった。
「取得する許可は、出していません」
その一言で、場の空気がわずかに引き締まる。
「ジュン!」
即座に、シゲルが抗議の声を上げた。
「お前は固すぎる。ちょっとくらい、いいじゃねぇか」
それに、アヤコも迷いなく何度も頷く。
「そうよ。見るだけじゃ、もったいない。意味が半分もないよ」
ジュンは、一瞬だけ視線を落とし、ほんのわずかに迷いを浮かべた表情をしたが、すぐに切り替える。感情を挟むべき場面ではないと、自分に言い聞かせるように。
「……クロ」
淡々と、しかし逃がさない声音で問いを投げる。
「ただ」
短く、しかしはっきりと、クロが言葉を重ねた。
全員の視線が、自然と集まる。ジュンは、嫌な予感を覚えながらも、クロの次の言葉から目を逸らさなかった。
「お願いする作業をやってもらえば……その過程で、見えてくるデータは出てくると思いますよ」
その瞬間、ジュンは何を言われたのか分からない、という顔をした。逆に、シゲルはゆっくりと笑みを浮かべ、確認するように言う。
「……ってことは、だ。何を俺とアヤコにさせる気だ?」
クロは軽く肩をすくめる。
「簡単、とは言いません」
その声音には、無理強いする色はない。だが、冗談で済ませる気もない――そんな温度だった。
クロは視線をゆっくりと移し、シゲルとアヤコを正面から見る。
「お二人に調べて頂きたいんです。各企業が、どこから製造用の資材を手に入れているのか」
一呼吸置き、続ける。
「そして、建造した兵器がどこへ輸出され、誰に提供されているのか。可能な範囲で構いません。その“流れ”を、洗い出してほしい」
作業場に、静かな沈黙が落ちる。それは拒絶ではなく、内容を咀嚼するための間だった。
その沈黙を破ったのは、ジュンだった。
「……先のことまで考えてるんだ」
思わず漏れた声には、驚きと、ほんの少しの呆れが混じっている。だが、その奥には確かな納得があった。
クロはその反応を見て、わずかに口角を上げる。
「心外ですね。一応、考えてはいますよ」
冗談めいた調子だが、言葉の芯は揺れていない。
この提案は、単なる情報収集ではない。技術を“盗む”ためのものでもなければ、敵を増やすための火種でもない。技術の流れを追い、戦争を支えている裏側そのものを暴くための調査――それが、クロの本当の狙いだった。
クロは少し身を乗り出し、手を前に出す。
「惑星育ちのジュンなら分かると思いますが……雑草っていうのは、ただ摘み取るだけじゃダメなんです」
指を曲げ、地面から何かを掴むような仕草をする。
「根っこごと、駆除しないと。また生えてくる」
ぐっと手を引き抜く動作をして、笑みを浮かべる。
「せっかく摘み取っても、それじゃ意味がない。やるなら、徹底的にです」
その言葉に、シゲルが腕を組み、低く唸る。
「……理屈は分かる。出来ることは出来るがな」
視線を残骸へ落とし、現実的な判断を口にする。
「相当、時間はかかるぞ。それでもいいのか?」
シゲルの言葉は、脅しでも牽制でもない。技術者として、現実を正確に見積もった上での、率直な問いだった。
クロはその問いを受け、一瞬だけ言葉を止める。視線を落とし、頭の中で工程と人手を組み替えるように考え――そして。
「……早く、なりません?」
ほとんど独り言のような一言。
「無理だ」
即座に、シゲルが切り捨てる。
「クロ、二人しかいないんだよ」
アヤコも端末から目を離さずに続ける。今この場で、現地データを扱いながら解析まで持っていけるのは、自分とシゲルだけだ。
複数の企業を相手に、製造経路から資材、輸出や提供先まで洗い出す。二人で抱えるには、さすがに作業量が多すぎるし、何より時間がかかりすぎる。精度を落とすわけにもいかない以上、無理をすればどこかで必ず破綻する。
クロは二人の否定を受けて、少しだけ首を傾げた。否定されたこと自体よりも、「ではどう組み替えるか」を考えている顔だ。
それから、何かを思いついたように――
ぽん、と軽く手を叩く。
「なら、ウェンとスミスさんも巻き込みましょう」
さらりと言ってのけるその調子は、まるで以前から決めていた案の一つを出しただけのようだった。
その瞬間、ジュンが思わず頭を抱え、鋭くクロを睨む。
「その人たちは、この件にまったく関係ないでしょう! 関係ない人間を巻き込むのは、被害を増やすだけです!」
声には、はっきりとした怒りがこもっていた。




