元旦外伝 静かな正月
明けましておめでとうございます。
本年も『バハムート宇宙を行く』をどうぞよろしくお願いいたします。
クロはリビングで、のんびりとした時間を過ごしながら、クレアと並んで年明けを迎えていた。照明は落とされ、室内は柔らかな明かりに包まれている。大きな窓の向こうには、コロニーの夜景が広がり、遠くから人々のざわめきが途切れることなく流れ込んできていた。
「割と、騒がしいですね」
クレアが小さく耳を動かしながら呟く。
「はい。どうやら、夜通し騒ぐみたいですね」
クロはそう答え、膝の上にいるクレアの背を、一定のリズムでゆっくりと撫でていく。クレアはその手に身を預け、心地よさそうに目を細めながらも、音を拾うたびに耳だけは忙しなく動かしていた。
外では、大みそかを賑やかに過ごし、そのまま年明けまで騒ぎ続けるという風習が、コロニー全体に広がっているらしい。アヤコも、シゲルも、エルデも、今頃はその喧騒の中にいるのだろう。そう思うと、ここだけが切り離されたように静かで、その対比がより際立つ。
クレアは「ふすー」と小さく鼻息を吐いた。
「静かな正月がいいんですが……ここは国によって違いますから、文句は言いません」
そう言いながら、湯気の立つコーヒーを口に運ぶ。その仕草は、豆柴サイズの狼とは思えないほど落ち着いていて、どこか大人びて見えた。
「クロ様の……正月、ですか」
少し間を置いて、クレアが首を傾げる。
「どんなものなんですか」
クロはすぐには答えず、視線を落としたまま、古い記憶を辿る。遥か昔、まだ今とは違う世界で過ごしていた頃の、曖昧で、それでも確かに残っている感覚を探るように。
「言っておきますが、面白くもなんともないですよ」
どこか苦笑を含んだ声音で前置きしながら、言葉を続ける。
「ただ、静かに新年を迎えて……コロニーでは無理ですが、日の出を見たり」
一つ、指を折る。
「それから、これもコロニーにはありませんが……神社といって、神様を祀る社のような場所にお参りして」
もう一つ、指を折る。
「最後に、お餅を食べて、のんびり過ごす。大体そんな感じでした」
「……よくわかりませんが」
クレアは首を傾げたまま、少し考えるように間を置く。
「つまらなそうですね」
そう言って、ふすんと小さく鼻を鳴らした。
そのまま視線はホロディスプレイへ向かう。画面の中では、新年の特別番組が流れ、タレントや芸人たちが派手な衣装で芸を披露し、賑やかな笑い声が響いていた。
「この人たちも、面白くないです」
クレアは率直にそう言い切る。
「よくわかりません」
「文化の違い、ですね」
クロはそう返しかけて、言葉を少しだけ区切る。
「……私も、正直よく分かりません」
そう呟きながら、クロは再びクレアの背を撫でる。外の喧騒とは裏腹に、リビングには静かな空気が満ちている。
「私は、クロ様と過ごすこの状態が一番いいです」
膝の上で身を預けたまま、クレアはそう言った。
「ありがとうございます。でも、騒がしい時間も、悪くはないでしょう」
「なら、これが私とクロ様の正月です」
短い言葉だったが、そこに迷いはなかった。
それでも、年は確かに明けていく。その変化を、二人だけで静かに感じながら、いつもと少し違う朝を迎えていた。




