データと条件
「え~……」
思わず漏れたクロの声には、露骨な不満が混じっていた。だがそれに対し、グレゴは一切言葉を返さず、ただ視線だけをクロに向ける。鋭く、早く話せと雄弁に語っていた。
クロは、なおも何か言おうと口を開きかける。だがその前に、ポンセが静かにクロの肩を叩き、首を横に振った。
――ここは引きましょう。
無言の制止を理解し、クロは小さく息を吐く。納得はしていないが、無駄だとも分かっている。
「……わかりました」
そう前置きしてから、クロは本題を口にした。
「賞金首のデータが欲しい、と言われました」
その瞬間、ギールの表情がはっきりと変わる。それまでの思案顔から、一気に鋭さを帯びた、ギルマスとしての顔へ。
「……なぜだい?」
問いは短く、だが重い。軽い好奇心ではなく、判断を求める視線だった。
クロはその変化を見て、わずかに笑みを浮かべる。誤魔化しではない。むしろ、理解してもらえると確信した者の表情だった。
「私の手伝いのためです」
即答だった。
「現在、賞金首フィーバーな状態になっています。ですので、いちいち確認してから殲滅するのが、正直かなり面倒でして」
場の空気が、一瞬だけ静まる。
クロは気にした様子もなく続ける。
「要するに、私が無駄な手間を減らすための措置ですね」
あまりにも実務的で、感情の介在しない言い方だった。
その言葉を受け、ギールはすぐには返さず、ゆっくりと呼吸を整えるようにしてから口を開く。言葉を選び、重さを量る。その仕草自体が、彼が今“ギルドマスター”として話そうとしている証だった。
「……難しいね」
苦笑に近い表情を浮かべながらも、視線は逸らさない。
「悪用されかねない。いや、される可能性が高い。今のような現状では、なおさらだ」
軽い冗談や私情は、そこにはない。ギールはクロを正面から見据え、立場を明確にした声で続ける。
「クロ。まず確認させてほしい。賞金首のデータ――それは、絶対に必要なものなのかい?」
その声は、いつもの少し疲れたものではなかった。責任を背負う者として、はっきりと響く声だった。
その変化に、エルデやポンセの背筋が自然と伸びる。場の空気が、目に見えない圧を帯びる。
だが、クロだけは変わらない。表情も、姿勢も、声の調子も、いつも通りだった。
「絶対ではありません」
即答だった。
「恐らく裏はあります。ですが、それを前提にした上での提案です」
ギールの眉が、わずかに動く。
「では……悪用された場合は?」
問いには、僅かな苛立ちが滲んでいた。クロの変わらなさが、逆に緊張感を煽っている。
クロは一瞬も間を置かず答える。ただし、その声には、これまでよりも僅かに圧が乗った。口角が、ほんのわずかに上がる。
「その時は、身をもって体験してもらいます」
淡々とした言い回しだったが、内容は重い。
「自分が何を敵に回したのか。データを渡す前に、それを確認してもらいますよ」
脅しではない。誇示でもない。ただの事実確認を述べているだけだと、誰の耳にも分かる言い方だった。
部屋の空気が、さらに一段、冷える。
張り詰めた沈黙の中で、ギールは小さく息を吐いた。決断を先送りにしない者の顔で、クロへと視線を向ける。
「仕方がない。条件付きでなら、許可するよ」
その一言で、凍りついていた空気がわずかに緩む。張り詰めていた糸は切れないまま、ほんの少しだけ弛んだ。
グレゴが「本気か?」と言いたげな視線を向けると、それに気づいたギールは無言で頷く。グレゴはそれ以上何も言わず、腕を組んだまま黙り込んだ。
ギールは改めて口を開く。
「条件は三つだ」
淡々と、しかし一つひとつをはっきり区切って告げる。
「一つ目。必ず監視役を置くこと。アレクたちの中で誰でもいいから、使用する際は必ず立ち会わせる」
指を一本立てる。
「二つ目。使用後、どう使ったかのログを必ず残し、ギルドに提出すること。例外はなし」
二本目。
「三つ目。使用期限を設ける。期限はクロに一任するが、帰還の際には相手側に残ったログなどのデータを完全に削除する。賞金首のデータは、複製できないよう専用の簡易端末に入れて渡す」
言い終え、クロを正面から見据える。
「……これでどうだ?」
「問題ありません。ただし」
クロは即座に返す。
「アレクたちが、しばらくギルドに出向できなくなりますが、それでもいいですか?」
そう言いながらポンセへ視線を向け、同時にギールの判断を仰ぐ。
「構わないよ」
ギールは少し疲れたような声で答えた。
「もともと奉仕活動で来ているようなものだ。実務に大きな支障は出ない。問題ないよ」
その言葉で、冷えていた空気がさらに和らぐ。エルデもポンセも、揃って小さく息を吐き、ようやく緊張を解いた。
「簡易端末はポンセに渡しておくよ」
ギールはそう付け加え、ぐっと背筋を伸ばして周囲を見回す。
「これで以上かな?」
グレゴとジンは揃って頷き、エルデも、その頭の上にいるクレアも肯定の意思を示す。ポンセも端末を手にしたまま、小さく頷いた。
――が。
クロだけが、すっと手を上げる。
「では、グレゴさんとジンさんの“孫”の話なんですが……」
「解散だ!」
グレゴが即座に叫び、強引に話を打ち切った。
ジンはその様子を見て、くすくすと楽しそうに笑う。
「クロ、ごめんなさいね。今はまだ内緒」
そう言って、人差し指を口元に当ててウインクする。クロはそれを見て、これ以上突っ込むのは無駄だと悟ったように、小さく肩を落とした。
「……仕方ありませんね。では、お土産はいります?」
何を思ったのか、クロは別空間から一本の大型バズーカを取り出す。
「これ、オートマンから回収したものなんですが」
「要らん!」
再びグレゴが、青筋を立てて吠えた。
一方で、ギールは一瞬だけ――ほんの一瞬だけ、欲しそうな視線をそのバズーカへ向ける。ジンは肩を揺らして笑いをこらえていた。
「クロねぇ、ここでもやるんっすか」
呆れ半分のエルデの声に、クレアも静かに頷く。
「クロ様らしいです」
「いや、それで終わらせる流れではないと思いますが?」
ポンセが冷静にツッコミを入れる。
こうして、緊張と決断と脱線が入り混じったギルドでの話し合いは、ようやく幕を下ろした。




