ギルド帰還、歪みの報告
クロはクレアとエルデを伴い、転移で作業場を離れた。空間が歪み、視界が切り替わる直前、背後からアヤコの声が鋭く飛んでくる。
「またっ……!」
怒気を含んだその一声は、最後まで届くことなく、転移と同時にぷつりと途切れた。
次の瞬間、三人はギルドの屋根裏に姿を現す。クロは慣れた足取りで床に降り立ち、服の乱れを軽く整えながら、何事もなかったかのように周囲を見渡した。
「クロねぇ、また怒られるっすよ」
エルデが少し眉を下げ、心配を隠さずに言う。だがクロは肩をすくめるだけで、深刻に受け止めた様子はない。
エルデの頭の上でバランスを取っていたクレアも、小さく息を吐いた。
「クロ様、エルデの言うことは正しいですよ」
苦言に近い忠告だったが、クロの表情は変わらない。むしろ、最初から織り込み済みといった調子で応じる。
「今のうちに耐性をつけてもらわないと。これから先、もっと理不尽な場面を見ることになりますからね」
その言葉に、エルデは一瞬だけ目を瞬かせた。
「……クロねぇ、考えてたんっすね」
何気ない一言だったが、妙に核心を突いていた。クロはわずかに肩をすぼめ、視線を逸らす。
「……エルデ。言い方は他にもあったと思いますが、今回は正しいです」
クレアの淡々とした肯定が重なり、クロは小さくため息を吐いたまま、言い返すことなく歩を進める。
やがてデータ室の扉の前に立ち、クロは軽くノックした。
扉が開くと、中では資料データを整理していたジンが手を止め、顔を上げる。
「帰って来てたのね」
柔らかな笑みで迎えられ、クロは小さく頷き、そのまま椅子に腰を下ろした。ジンも席を立ち、三人の近くにある椅子へと移動する。
その一連の仕草は自然で、無駄がなく、それでいてどこか余裕を感じさせるものだった。
「……エロいっすね」
エルデの率直すぎる感想が、静かな部屋に落ちる。
「ありがとう」
ジンはまったく動じることなく、軽く受け流す。
「ジンの姉さん、どうやったらそうなれるっす?」
「エルデ、その辺で」
クロが即座に制止を入れると、エルデは少し残念そうな顔をする。クロは一度だけ息を整え、視線を資料の方へ戻した。
「とりあえず、途中経過の報告とお願いがあって戻ってきました。グレゴさんと今いればギルマス。あと、今日、うちの社員は来ていますか? 居たら呼んでください」
「あらあら、注文が多いわね。ちょっと待ってて」
ジンは笑いながら端末を操作する。
その手が止まったのを確認してから、ふと視線を向けて問いかけた。
「どう? 内戦を終わらせるって言ってたけど、糸口は見えたの?」
クロは一瞬、考えるように間を置き、それから静かに口を開く。
「そうですね。とりあえず、内戦が始まった経緯は掴めました。ただ、まだ資料としてまとめていませんので……後ほどアレクたちに整理させて、提出します。今は口頭で報告しますよ」
落ち着いた声でそう締めくくられた言葉は簡潔だったが、その中身が軽いものでないことは、この場にいる誰もが理解していた。空気が自然と引き締まり、先ほどまでの雑談の余韻は、静かに後景へと退いていく。
そのタイミングを計ったかのように、データ室のドアが開いた。椅子が引かれる音と、端末が起動する電子音が重なる。入ってきたのはグレゴとギール、そしてポンセの三人だった。
「クロ、ご苦労様」
ギールが労うように声をかけ、そのまま空いている椅子に腰を下ろす。柔らかい口調ではあるが、視線はすでに仕事の顔だった。
「クロ。お前、また変な行動してるんじゃないだろうな」
続いてグレゴが、半ば睨むような視線を向ける。冗談めいてはいるが、その奥には確かな警戒が滲んでいた。
「社長。おかえりなさい」
ポンセはクロを確認すると頭を下げ挨拶し、自然な動きで席に着く。場の空気を和らげつつも、すぐに話の核心に入る準備はできている。
「どう? ドリーム星系は」
確認するように、ギールが問いを投げる。
クロは一度だけ頷くと、ポンセに視線を向け、軽く指で合図した。記録を取れ、という無言の指示だった。
ポンセは即座に端末を取り出し、準備が整ったことを示すようにクロへ小さく頷く。
それを確認してから、クロは口を開いた。
「とりあえず、簡潔に説明すると……ドリーム星系は、かなり歪んでいますね」
淡々とした言い方だったが、その一言だけで、部屋の空気がさらに一段、重くなる。これから語られる内容が、単なる情勢報告では済まないことを、誰もが察していた。




