知の時間
シゲルとジュンが作業場に入ると、そこには足を止めざるを得ない光景があった。
クロの頭を押し下げ、自分も同じように深く頭を下げているアヤコの姿。その姿勢には演技や体裁といったものは一切なく、ただ真剣に、真正面から謝罪している姿がそこにあった。
「クロがすいません。本当にすいません」
「……申し訳ないです」
二人そろっての謝罪に、ジュンは言葉を失う。ここに来て、またひとつ――いい意味で、常識が崩れた。
抱いていたレッド君の腕に、知らず知らずのうちに入っていた力が、ふっと緩む。
(……きちんと怒ってくれる人がいるのに、こんななんだ)
それは呆れでも失望でもない。むしろ、腑に落ちる感覚だった。
これまでクロがやってきた無茶や非常識な行動。その裏に、叱ってくれる人間がいて、それでも止まらない理由があるのだと思うと、不思議と「仕方がない」と思えてくる。自分でも、少し驚いた。
「……いいです」
ジュンは小さく首を振る。
「なんとなく、治らないって分かりました」
「……馬鹿にされてます?」
クロが顔を上げ、少しだけ警戒した声を出す。
「クロは馬鹿だから、仕方がない」
即答だった。
シゲルは笑いながら作業台へと歩み寄り、軽く手でクロを促す。
「で、金の話だったな。何を持って帰って来た?」
完全に楽しそうな顔だった。厄介事であることは承知の上で、それでも“面白いもの”を見る目をしている。
その横顔を見て、ジュンは思わず小さく呟いてしまう。
「……カッコいい」
その声は、あまりにも小さく。レッド君とクレア以外の誰にも届かなかった。
クレアはそれを「褒められた」と判断したらしく、エルデの頭の上で少し誇らしげに姿勢を正し、尻尾を控えめに揺らす。
クロは別空間から、ひとつの物体を取り出した。美しい腕部が切断され、胸部にはビームダガーが突き立てられた痕跡が残るオートマン。そのまま作業台の上へと静かに置く。
シゲルは一目見て興味を示し、珍しそうに隅々までチェックを始める。アヤコもまた、初めて見るタイプなのか、反対側から同じように細部を確認していった。
「これは……クチグロ……いえ、インセクトのファムスが遠隔で操っていたオートマンです」
「なるほどな」
シゲルは頷き、視線を走らせる。
「見たところ、ウエポンラックがない代わりに高性能ホログラムを積んでる。それに、遅延を無くすためのブースター配置だな」
「じいちゃん、これかなり高性能だよ」
アヤコも自分なりの視点で分析を重ねる。
「恐らく樹脂系だと思うんだけど、それを全身に纏ってた痕がある。……うーん、これだけだと断定はできないか」
二人は様々な角度からオートマンを確認し、最後に動力源の痕跡へと目を向けた。
「これは……おそらく粒子系の疑似心臓型エンジンだな」
シゲルの声に、わずかな感心が混じる。
「珍しいな」
「じいちゃん、分かるの?」
アヤコが問いかけると、シゲルは当然のように頷いた。
「昔、いじったことがある。前のモデルより高性能になってるが、用途は結構限られてる」
指先で胸部の痕をなぞりながら続ける。
「例えば、潜入任務やスパイ活動だ。オートマンにこれを使うと、心音をごまかせられる。心臓に似た動きをするからな」
一通り説明を終え、シゲルはゆっくりと手を離した。
「……さすが、じいちゃんだね」
アヤコは素直に感心する。
「まだまだ知らないことがあるな~」
「知らなくて当然だ」
シゲルは肩をすくめる。
「俺だって、久しぶりに見た代物だ」
作業場には、再び静かな熱が満ちていた。ただの家族の場所から、専門家たちの現場へ――空気が、確実に切り替わっていた。
「クロ、これをどうしたいんだ?」
シゲルがそう確認すると、クロはシゲルの方を見ず、まだ各部を確認しているアヤコへと顔を向けた。
「これを操っていた大本が、どこにいるのか解析してほしいんです」
淡々とした口調だったが、そこに迷いはない。シゲルはその言葉を聞いて納得したように小さく頷き、同時に少しだけつまらなそうな表情を浮かべると、作業位置をアヤコと交代するように一歩下がった。
アヤコは頭部の外装を確かめながら、慣れた手つきでジャンプスーツの内ポケットから工具を取り出す。細身のビームカッターが指先に収まり、出力を最低限に絞ったまま、慎重に頭部の装甲へと刃を走らせていく。
焦りはない。必要なところだけを正確に切り分ける、職人の動きだった。
「クロ、これだけか?」
シゲルはクロの横に立ち、アヤコの作業を見ながら他にオートマンがないかを確認する。その問いに、クロは待っていましたと言わんばかりに、どこか自慢げな表情で答えた。
「私が破壊した物であれば、山ほどありますよ」
「よし」
シゲルは即断する。
「エルデ、倉庫から空のコンテナ持ってこい」
「わかったっす」
「エルデ、二つ用意してください」
「了解っす!」
軽快に返事をすると、エルデはクレアを頭に乗せたまま作業場の奥へと向かい、シャッター操作パネルに手を伸ばす。低い駆動音とともにシャッターが開き、奥に広がる倉庫が姿を現した。
その間も、アヤコの作業は止まらない。解体した頭部の内部から数本のコードを引き抜き、棚から小型の箱を取り出し作業台脇に置きコードを接続する。さらに、その箱から収納してあるケーブルを伸ばし、自身の端末のソケットへと差し込んだ。
慎重だが、迷いのない手順だった。
その様子を見ていたジュンが、少し不思議そうに声をかける。
「アヤコさん……これは、何なんです?」
レッド君を抱いたままの問いかけに、アヤコは手を止めず、ちらりと視線だけを向けて小さく笑った。
「アヤコでいいですよ、ジュンさん」
柔らかくそう前置きしてから、作業を続けながら説明する。
「これは、万が一ウイルスや逆探知、攻撃プログラムが仕込まれていた場合に、それを相殺するためのものです」
指先で箱を軽く叩く。
「簡単に言えば……ろ過機、みたいなものですね。余計なゴミや危険な信号だけを弾いて、安全な情報だけを通すように私が組んだシステムです」
作業場の空気が、静かに“解析”の段階へと切り替わっていく。ここから先は、力ではなく、知識と経験の領域だった。




