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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
お掃除開始。クロの清掃大作戦!

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説教と再出発、そして新たな常識崩壊

 長い説教が終わり、アヤコとクロがリビングに戻る頃には、ジュンも落ち着きを取り戻し、部屋には静けさが戻っていた。


 ソファーの端では、レッド君をぎゅっと抱きしめたジュンが、まるで拠り所でも求めるように、そのぬくもりに縋っている。表情はどこか安心しきった様子で、先ほどまでの張り詰めた気配は嘘のようだった。


 そのテーブルの前には、クレアが黙って座っている。何も言わず、ただそこに座っている。その視線だけが、時折ジュンへと向けられていた。一方でエルデは、完全に我関せずといった様子で、ホロディスプレイに映し出されたエアドローンレースに釘付けだった。興奮した瞳で機体の軌道を追い、時折小さく身を乗り出す。その様子は、ここが最前線でも作戦室でもなく、紛れもなく“家”であることを強く印象づけていた。


 シゲルは分厚いエプロンを身につけたまま、どうやら途中まで作業をしていたらしい。クロの姿を認めるなり、盛大なため息を吐いた。


「クロ。おまえなぁ~……バカだろ」


 呆れた声音だったが、不思議と怒気はない。それどころか、どこか楽しげな響きすら混じっている。


「全く。聞いたら、この二日で馬鹿やりすぎ!」


 アヤコが間髪入れずに言葉を重ねる。先ほどの説教を終えたばかりだというのに、まだ言い足りないと言わんばかりだった。


 そう言いながら、アヤコはクロを半ば強引にジュンの前まで連れて行き、その場で頭を下げさせる。


「クロ!」


「申し訳ございませんでした」


 即座に頭を下げるクロ。それに合わせるように、隣でクレアもぴたりと頭を下げた。


「クロ様が、申し訳ございませんでした」


 二人そろっての謝罪に、場の空気がわずかに揺れる。


 ジュンはその様子を見て、どこか吹っ切れたような、諦観にも似た穏やかな表情を浮かべた。


「いえ……もう、諦めました」


 その一言に、空気が一瞬止まる。


「クロ!」


 アヤコの叫びが、リビングに響く。


 クロは反射的に、もう一度、深く頭を下げた。その仕草に迷いはなく、叱られること自体は当然だと受け止めている様子だった。


 リビングには、ため息と苦笑と、どうしようもない家族的な空気が、ゆっくりと広がっていく。張り詰めていたものが、形を変えてほどけていく感覚。


 その中で、シゲルが喉を鳴らし、とうとう笑い出した。腹の底から込み上げてきたような笑いだ。


「はっはっは……」


 そうして、アヤコとクロに向かって手を振り、座るよう促すと、そのまま遠慮なくバカにし始める。


「しかし、クロ。お前は本当に周りを見なさすぎる」


 笑いを含みつつも、言葉は辛辣だった。


「大体な、配慮ってもんがねぇんだよ。いいか、もう少し周りに合わせろ」


「いや~……」


 クロは困ったように、しかしどこか本気で不思議そうに首を傾げる。


「正体を話しましたので、ある程度は大丈夫かと。だって、お父さんやアヤコお姉ちゃんは受け入れてくれましたし」


「それは俺達が、心の広い人間だからだ」


 間髪入れずに、シゲルが言い切る。


「あと――金を生むしな」


 あまりにも即物的な理由に、アヤコは思わず額に手を当てる。ジュンはというと、完全に予想外だったのか、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。


「……」


「確かに、今回はそのお金の件で帰ってきました」


 クロが真顔で肯定するものだから、アヤコのため息が一段深くなる。


「クロ。少しは反省しなさい」


 改めて釘を刺すアヤコの声には、姉としての苛立ちと心配が混じっている。


 だがクロは、しれっとした顔で言い放った。


「反省はしました。ですが今は、もっと重要な話がありますので」


 その一言で、リビングの空気がわずかに変わった。先ほどまで漂っていた冗談混じりの叱責や、家族めいた緩さが後景へと押しやられ、現実の重みが静かに戻ってくる。誰もが、クロの言葉がただの言い逃れではないことを理解していた。


「ここでは無理ですので、作業場に行きましょう」


 クロがそう告げて立ち上がると、待っていたかのようにクレアがテーブルを蹴る。軽やかな軌道を描いて宙を舞い、そのままエルデの頭上へと着地した。エルデは一瞬目を丸くしたものの、すぐに受け入れるように肩をすくめ、珍しそうな表情のまま立ち上がる。


「お、今日はそこか」


 小さく呟きながら、クロの後を追う。その動きに迷いはない。


「何を持って帰って来たんだか……」


 シゲルは面倒そうに腰を上げるが、その口調とは裏腹に、顔には隠しきれない期待が浮かんでいた。面倒事であることは間違いないが、それ以上に「面白そうだ」という好奇心が勝っている表情だ。


 そのまま、視線をジュンへ向ける。


「ジュンだったな。クロがすまんな」


 謝罪の言葉はぶっきらぼうだが、そこに悪意はない。ジュンはレッド君を抱いたまま慌てて立ち上がり、反射的に頭を下げた。


「いえ、こちらこそ急にお邪魔して……あの、そういえば、ここはどこなんですか?」


 素朴な疑問だった。だがその問いに、シゲルは腹の底から笑い声を上げる。


 同時に、アヤコは笑顔を保ったまま、作業場へ向かったクロの背中を睨みつけるように見送り、後で確実に説教を追加する算段を固めている様子だった。


「ははははっ、クロらしいな。ここはF18コロニー、フロティアン国だ」


 その言葉が耳に届いた瞬間、ジュンの中で、かろうじて保たれていた常識が音を立てて崩れ落ちる。――理解が追いつかない。だが否定する気力も、もう残っていなかった。


 だが、シゲルはそんなジュンの内心などお構いなしに、肩を叩く。


「ジュン、楽しめ。見ただけで分かるぞ。お前、気を張り過ぎだ」


 背中を軽く叩かれ、その衝撃にジュンは息を詰まらせる。


「長いが、人生は一度切りだ。楽しまなきゃ損だぞ」


「……はい」


 小さく、だが確かに返事をする。シゲルは満足そうに頷くと、そのまま作業場へと足を向ける。


 ジュンは顔を赤らめながら、その背中を追った。状況は相変わらず理解しきれていない。それでも、不思議と先ほどまでの張り詰めた感覚だけは、少しだけ和らいでいた。

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