表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
お掃除開始。クロの清掃大作戦!

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

622/658

膿を炙る者、帰還せし者

 クロは用意されていたタオルで、クレアの口元を丁寧に拭き終える。そのまま自然な動作で抱き上げて立ち上がると、クレアは慣れた様子でクロの肩へと乗った。いつもの位置に収まったことで、クロの体の軸が自然と定まる。


 エルデも残っていたジュースを急いで飲み干し、グラスを置くと、クロの横へと並ぶ。


「では、そろそろ動きます。お客さんを連れてきたときは……」


「直接行くといい。話は通しておく」


 アリの返答は即答だった。すでに先を見据え、段取りを終えている声音。


「ありがとうございます。ではアリ中将……もう大将になるんですかね」


 クロが、ほんの少しだけ悪戯めいた調子で言う。探るというより、軽く揺さぶるような言い回しだった。


「ならんよ」


 アリは即座に首を振る。


「今は、空席にしておく」


 その言葉に、クロは一瞬だけ目を瞬かせる。予想していなかった選択だった。


 だが、アリは笑みを浮かべたまま続ける。


「その方が、膿が我先に主権を取ろうとして姿を現すだろう。そうなれば仲たがいも起きるし、運が良ければ内ゲバで勝手に潰れてくれる」


 語調は穏やかだが、内容は苛烈だった。


「それに何より、空席という不安定さが足かせになる。組織の動きは、かなり鈍くなるからね」


 満面の笑みで語られる策に、クロは思わず苦笑する。


「……恐ろしいですね。敵に回したくないですよ」


「それは、此方もだ」


 二人は視線を交わし、短く笑い合う。互いに冗談の形を取りながらも、本気でそう思っているのが分かるやり取りだった。


「悪魔が手を取りあったみたいっすね」


 エルデがぼそりと感想を漏らす。その言葉は軽かったが、冗談として笑い飛ばせる種類のものではなかった。その言葉に、クレアも小さく頷いた。


「では、行きますか。ジュン、行きますよ」


 クロがそう声をかけると、ジュンは一瞬だけ気を引き締め、すぐにクロのもとへと歩み寄る。


「ジュン大尉――いや、少佐。頼んだ」


 アリから告げられた急な昇進に、ジュンは一瞬だけ固まる。軽く混乱した表情を浮かべたものの、すぐに姿勢を正し、深く息を吸って敬礼した。


「ハッ! 必ずや、期待に応えて見せます!」


 その様子を横目で見ながら、クロが小さく首を傾げる。


「引き抜きを防ぐための昇進ですか?」


「さあ、どうかな?」


 含みを持たせたアリの返答に、クロはそれ以上踏み込まず、わずかに笑みを浮かべた。答えを追及しないのは、理解したからでもあり、これ以上は互いの領分を越えると判断したからでもある。


 クロはそのまま、エルデの肩とジュンの肩にそれぞれ手を置いた。二人に確認を取るような視線を一瞬だけ向けてから、淡々と言う。


「では、ヨルハとファステップは置いていきますが、構わないようお願いしますね」


 その言葉が終わると同時に、空間が歪む。


 転移。


 何の予兆もなく、三人の姿はその場から消え失せた。


 残されたアリは一瞬、目を見開き、デビットは言葉を失ったまま立ち尽くす。ほんの数秒の沈黙の後、アリは腕を組み、ゆっくりと息を吐いた。


「あれは……敵に回したら、絶対に駄目だな」


「ええ」


 デビットもようやく現実に戻り、静かにうなずく。


「ただ、こちらが誠意をもって接すれば、問題にはならないかと思います」


「そうだな」


 アリは短く答え、視線を前に据えた。


「さて、始めるか。まずは――今、クロ君が行ったことの“実行”だ」


「ハッ!」


 デビットは即座に立ち上がり、背筋を伸ばして敬礼する。こうして、アリとデビットの戦い――内部の膿を炙り出すための戦いが、静かに始まった。


 一方その頃。


 クロたちは、急激な浮遊感とともに視界を奪われ、次の瞬間にはまったく違う景色の中に立っていた。


「さて……帰ってきましたね」


 クロは何事もなかったかのように言いながら、ジュンの肩から手を離すと、その瞬間、緊張の糸が切れたように、ジュンの膝が折れた。


 視界が遅れて追いつく。音が、少し遠い。床の冷たさだけが、やけに鮮明だった。その物音を聞きつけたのか、ジャンクショップの奥からアヤコが顔を出し、そのままリビングへと歩いてくる。


「クロ、帰って来たんだ。……あれ、その人は?」


「戻りました」


 クロは落ち着いた調子で答える。


「こちらはジュンです。私の監視役として、今は一緒に行動しています」


 そう説明するクロの横で、アヤコは即座にジュンへと視線を向けた。床に座り込んだままの姿を一瞥しただけで、状況を察したようだった。


「クロ、ちょっとお姉ちゃんと話そうよ」


「いいですが?」


 不思議そうに首を傾けつつも、クロは素直にアヤコの後についていく。


 その途中で、振り返るように指示を出した。


「クレア、エルデ。そのジュンさんのケアをしておいて。じいちゃんにも詳しく話をしておいて」


「わかりました、お姉ちゃん」


「了解っす。アヤコねぇ」


 いつの間にかクロの肩から降りていたクレアが、ジュンのそばへと駆け寄る。エルデは頷くと、そのままシゲルを呼びにジャンクショップの奥へと走っていった。


 少し離れた場所で、アヤコが立ち止まる。


「クロ、説教だね」


 そう宣言する笑顔は、あまりにも優しく、そして容赦がなかった。


 クロは一瞬だけ、視線を逸らす。無茶をした自覚が、遅れて胸に引っかかっていた。


 クロはその瞬間、はっきりと冷や汗を感じる。背中を伝う感覚に、無意識のうちに口元が引きつった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ