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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
お掃除開始。クロの清掃大作戦!

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クリスマス外伝 争いの代わりに

 12月24日、深夜。


 バハムートは、ついに行動に出た。


 長い静止の時間を終え、巨大な体をゆっくりと起こす。関節が軋む音はない。ただ、空気そのものが押しのけられる感覚だけが広がった。


 軽く背を伸ばし、首を回す。そして、背後で折り畳まれていた大きな翼を広げた。


 夜空に散らばる星々が、その影に一瞬だけ隠れる。


 次の瞬間、バハムートは地を蹴った。羽ばたき一つで、巨体は音もなく宙へと浮かび上がる。


 星が瞬く夜空へ。監視者として、そして今夜は“仕掛ける側”として。


 上昇の途中、体表が揺らぎ、やがて完全に姿を消す。透明化。存在はそこにあるが、誰の視界にも映らない。


 そのまま、バハムートは進んでいく。


 人属の王宮の前には、剣を。白亜の門と広場の中央、誰もが必ず目にする場所へ。


 魔族の魔王城の前には、鎧を。禍々しい城門に対峙するように、堂々と。


 エルフの森には、弓を。古木に囲まれた静謐な空間、その中心へ。


 ドワーフの工房には、盾を。炉と金床の間、職人たちが必ず通る場所へ。


 獣人族の平原には、短剣を。風が抜ける草原の真ん中、空を遮るもののない地へ。


 妖精族の泉には、兜を。月光を映す水面のほとり、そっと寄り添うように。


 竜人族の山の頂には、槍を。雲を突き抜けた岩峰、その最も高い場所へ。


 魚人属の水中宮殿の前には、指輪を。深い水の揺らぎの中、門扉の真正面へ。


 八つの装備は、それぞれの地に、確かに置かれた。


 そして――12月25日。


 夜が明ける。


 空が白み、各地に朝が訪れる頃。バハムートは、期待に胸を弾ませていた。


 各国の反応を見るためだ。


 透明化したまま、姿を見せることなく、まずは人属の王宮前へ向かう。


「さぞかし驚いている事だろう」


 胸の内でそう呟く。混乱。疑心暗鬼。欲望。恐怖。


 そういったものが渦巻いているはずだった。


 だが、目にした光景は――まるで違っていた。


 王宮前の広場。そこには人属の王、王妃、王子、姫、そして多くの民衆が集まっている。


 バハムートが設置した台座の上には、漆黒に輝く剣。一振りで大軍を葬る光波を放てる性能を盛り込んだ、破格の武具。


 これを巡って争いが起こり、さらに同様の装備があると知れば、求めて戦が広がる。


 ――そのはずだった。


 しかし、王は剣の前に立ち、膝をついていた。頭を垂れ、祈りを捧げている。


 王妃も、王子も、姫も。民衆もまた、それに倣っている。


 静かな祈りの時間。


「……ま、まあまあ」


 上空で様子を見下ろしながら、バハムートは自分に言い聞かせる。


「これから戦いの宣言だろう」


 だが、その胸中に、じわりと嫌な予感が広がり始めていた。


 やがて、祈りを終えた王が立ち上がる。剣を背に負い、民衆の方へ向き直る。


 その姿勢は真っ直ぐで、揺るぎがない。


 そして、王は演説を始めた。


 その声は、威厳に満ち、堂々としており、広場の隅々まで届くよう、よく通る声だった。


「今!」


 高らかに、宣言する。


「神龍であり、破壊神でもあらせられるバハムート様より――」


 一瞬、間が置かれる。


「剣を、我が国にお与え頂いた!」


 王の宣言が終わるや否や、広場に集まっていた民衆が一斉に声を上げた。


 歓声。拍手。歓喜の叫び。


 王の名を称える声と同時に、バハムートの名が次々と呼ばれ始める。祈りにも似た響きが、広場を満たしていった。


「これは――」


 王は剣に向き直り、改めて深く一礼する。


「我が国の民たちが、努力を怠らず、慢心することなく、日々を積み重ねてきた証だ!」


 民衆の間から、再び歓声が湧き起こる。誇り。自負。そして、感謝。


「……ん?」


 上空でその様子を見下ろしていたバハムートは、僅かに首を傾げた。


 ――あれ?


 胸の奥に、小さな違和感が芽生える。


「おいおい……違うよな?」


 自分に言い聞かせるように、心の中で呟く。


「これから戦いの宣言をするんだよな?」


 争いの火種。欲望の衝突。力を巡る対立。


 そういう流れになるはずだった。


 バハムートは、まだ一縷の望みを託し、静かに様子を見守る。きっと、この後だ。ここからだ。


 だが、王の声は、さらに高らかに続いた。


「そして、これは――」


 王は、ゆっくりと視線を巡らせる。王妃へ。王子と姫へ。そして、民衆一人ひとりへ。


「我が国だけではない!」


 声に力がこもる。


「各国が手を取り合い、互いを尊重し、平和を維持してきた――その証でもある!」


 歓声は、もはや止まらない。涙を浮かべる者さえいた。


 バハムートの胸の中で、嫌な予感が、はっきりとした形を取り始める。


「……え?」


 王は、剣を背に負い、胸に手を当てる。


「我が国は、今日この日を――感謝祭とする!」


 その言葉が、広場に響き渡る。


「バハムート様への感謝を捧げる日として! そして、これからも慢心することなく、日々を送る誓いの日として!」


 王は、剣の方を振り返る。


「この剣は、決して戦のために振るわれるものではない!」


 きっぱりと、断言する。


「国宝とし、碑として! 末代まで守り続けることを、ここに誓う!」


 民衆は一斉に膝をつき、頭を垂れた。


 祈り。感謝。そして、誓い。


 その光景を、透明化したまま見下ろしながら、バハムートは言葉を失っていた。


 胸の奥で、確かに何かが崩れていく感覚。


 ――あれ?


 ――おかしいな?


 争いの種は、蒔いたはずだった。


 だが、芽吹いたのは――戦ではなく、感謝だった。


「と、まあ……見事に裏目に出まして」


 クロはそう言って、食事の手を止めることもなく、淡々と過去の話を続けた。声色は軽いが、どこか自嘲が混じっている。


「他の国も、同じようなことを宣言し始めたんですよ」


 リビングでは、シゲルがソファーにだらしなく腰を下ろし、バトルボールの中継を眺めていた。缶ビールを一息であおり、画面から目を離さないまま鼻で笑う。


「お前は、本当にバカだな」


 言い捨てるように言ってから、テーブルに置かれたソーセージへフォークを伸ばす。


「考えりゃ無駄だって、分かるだろ」


 だが、そのフォークが届く前に、ソーセージはもうなかった。


「……あ?」


 すでに、クレアが咥えていた。


「クレア! お前の分は作ってやったろ!」


 少し声を荒げるシゲルに、クレアは一瞬だけ視線を逸らす。それから、もぐもぐと噛み続けながら、小さく答えた。


「……美味しいから、仕方ないです」


 わずかに罪悪感を含んだ声音とは裏腹に、表情はどこか満足げだった。シゲルは大きくため息を吐き、残っていたソーセージにフォークを突き刺す。


「じいちゃん、大人げないよ」


 アヤコはそう言いながら、すでに食事を終え、ゆっくりと紅茶を楽しんでいる。湯気の向こうでカップを傾けつつ、クロに視線を向けた。


「それでクロ、その後どうなったの?」


「その後ですか」


 クロは少し考えるように視線を落とし、それから静かに言葉を継ぐ。


「12月25日は、いつの間にか、頑張った人に贈り物をする日になっていまして」


 説明するというより、思い出をなぞるような口調だった。


「それが長い年月をかけて定着して……私が飛び立つ頃には、国同士でも贈り合うようになっていましたね」


 言い終えてから、ほんの少し肩をすくめる。


「もう、世界規模の行事と言っていい状態でした」


「う~~ん……」


 アヤコは感心したように唸る。


「スケールがデカいね」


 それから、ふと思い出したように首を傾げた。


「ちなみにさ、話に出てたゴーレムって、今しまってるの? 278号」


 その問いに、クロは首を横に振る。そして、リビングの奥――店舗へ向かうためのドアの前に立っている存在を指し示した。


「278号は、今……レッド君として働いてますよ」


「えっ」


 アヤコがそちらを見る。


「クロねぇと長く一緒にいたゴーレムの内の一つっすよね」


 エルデが口をもぐもぐと動かしながら、確かめるように言った。


「一番、クロねぇの過去を知ってるっすよね?」


 クロは頷く。その瞬間、背筋を嫌な予感が走った気がした。


「そうですが……」


「おい、レッド」


 シゲルが、面白がるような声で呼びかける。


「クロのやらかし、教えろ」


 勢いよく命令され、レッド君は即座に反応する。一歩、前へ出る。


 だが――


「無駄ですよ」


 クロは落ち着いた声で言った。


「今のレッド君には、意思を伝えるための手段がありませんから」


 どこか余裕を感じさせる言い方だった。


 その時。


「これに書けるよ。教えて」


 アヤコが端末を取り出し、操作すると、ホロディスプレイが空中に投影される。真っ白な入力画面が、はっきりとそこに浮かび上がった。


 クロは、その光景を見て、わずかに言葉を失う。


 リビングの空気が、ほんの少しだけ、変わったような気がしていた。


「全く……話すんじゃなかったな」


 深夜のリビングに、クロは一人で立っていた。照明は落とされ、外から差し込む光もほとんどない。昼間の賑やかさが嘘のように、空間は静まり返っている。


 クロの手の中には、小さな箱があった。丁寧にラッピングされ、角も崩れていない。表面には、それぞれ違う名前が書かれており、誰に渡すものかは一目で分かる。


 しばらく、その箱を見下ろす。


「ちょっとした物ですが……まあ、いいでしょう」


 独り言のように呟き、クロはテーブルの上に箱を置く。一つ、また一つ。数を確認するように、四つの箱が並べられた。


 どれも派手ではない。だが、手に取った時に困らないよう、考えて選ばれたものだった。


 クロは、それ以上何も言わず、踵を返す。足音を立てないようにリビングを後にし、自分の部屋へと戻っていった。


 箱だけが、その場に残る。


 夜は静かに更けていく。


 だが、今度は――今度は、間違いなく。


 その意味は、きちんと伝わるはずだ。

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