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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
二度目の目覚め
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黒焔に沈む群影

誤字脱字の修正をいたしました。

ご指摘ありがとうございます。

 目撃地に到達したバハムートは、静かに宙に停止し、周囲へと意識を巡らせた。視界には異常なし。だが、空間の奥に、わずかな“痕跡”が引っかかる。流れる空気の粒子の中に、重く濁った一線の匂い。鼻腔をかすめたその瞬間、思わず顔をしかめる。


「……くっさ」


 腐臭と獣臭が濃密に絡み合った臭気は、あまりに強烈だった。その密度だけで、存在の規模や移動経路が見えてくるほど。バハムートはその匂いを視覚化し、すぐに進行方向を定める。


「でも……よくわかった。あっちだな」


 空間に帯状に浮かび上がる、濃厚な残香の筋。通常の獣とは比較にならない太さと濃さが、その存在の異常さを示していた。筋に沿って滑るように進み、しばらくして――視界の奥に、黒くうねるような巨大な影が浮かび上がる。


 狼の姿をしていた。だが、その形容では収まりきらない。全長は600mを優に超え、現在のバハムートの体躯さえ凌駕する巨体だった。その周囲には、やや小ぶりな個体が八体。100から300m級の群体が、隊列を組むように静かに待ち構えていた。


 その姿を見上げながら、バハムートは低く呟く。


「……まあ、向こうからも、俺が見えてるだろうな。俺とわかって逃げ出さない胆力は――認めてやる」


 一拍置き、バハムートは口の端をわずかに吊り上げる。


「だが、お前は俺の糧になって……いや、金になってもらう」


 そう呟くと、バハムートは虚空に手を伸ばす。空間のひだが揺れ、そこからゆっくりと漆黒の大剣が姿を現した。艶を帯びた刃には熱が宿り、かすかに空気を震わせている。


「――爪楊枝、改め。『フレアソード』」


 その名を告げる声に、微かに懐かしさが混じる。


「ちょっと中二っぽいが……悪くない。久しぶりの、手応えのある戦いになりそうだ」


 剣を肩に担ぎ、バハムートはゆっくりと前進する。無音の虚空に、重量のない圧力だけが広がっていった。対するホエールウルフの群れは、低く唸り声を上げ始めた。


 だが、その声音に猛りや強さは感じられない。バハムートにはそれが――威嚇というより、ただの“怯え”にしか見えなかった。


(なんだ。怖いなら、逃げればいいのに……逃がさないけど)


 そう思った瞬間。群れの中央――最大個体が、空を震わせるような咆哮を放つ。その一声が、開戦の合図だった。


 八体のホエールウルフが一斉に地を蹴るように跳び出し、曲線を描いてバハムートを包囲するように走り込んでくる。次の瞬間――その口腔から、濁流のような熱線がほとばしった。八方向から交差する灼光が、空間そのものを焦がしていく。


 八つの口腔から、濁流のような熱線が一斉に放たれた。空間が軋み、灼光が交差しながらバハムートを飲み込もうとする。けれど、その中央――黒き巨影は一歩も動かず、悠然とその場に立っていた。


「ぬるい。ぬるい。その程度じゃ――太陽にも届かん」


 静かに、しかし確実に。その言葉とともに、バハムートの全身にうっすらと黒い靄が立ちのぼる。


「――死ね」


 次の瞬間。空間が断裂するような音とともに、バハムートの姿が掻き消える。


 一閃。


 漆黒の靄を纏ったフレアソードが横薙ぎに走ると、その軌跡に沿って空間が震えた。次の瞬間、斬られた獣の身体は、光も音も残さず、ただ“空白”へと還る。肉も、骨も、影さえも――《フレア》によって、完全に消滅した。


 バハムートはそのまま流れるように回り込み、二体目へと踏み込む。放たれた蹴撃が巨体を弾き飛ばし、近くにいた別の個体へ激突。獣同士が重なった、その中央――


「まとめて、消えろ」


 フレアソードを深く突き立てる。刃が触れた瞬間、漆黒の靄が奔流となり、再び《フレア》が発動した。圧縮された空間が一瞬にして崩れ、重なった二体は、まるで最初から“いなかった”かのように消滅した。声も、熱も、質量も、痕跡すら残らない。


 ホエールウルフたちは、熱線が無力であることを悟った。ならば――と、本能を剥き出しにして一斉に跳びかかる。鋭く伸びた牙。金属を裂く爪。質量ごと叩きつける脚。その全てをもって、バハムートへ襲いかかった。


 だが、バハムートは一歩も動かない。むしろ、静かに迎え入れる。


「……いらっしゃい」


 その一言に、残酷な優しさが滲んでいた。そして、口もとがゆっくりと開かれる。通常は滑らかな外殻に覆われている口元。その疑似プレートが音もなく展開し、内側から“真の口”が現れる。そこに宿っていたのは――燃え盛る炎ではない。螺旋を描く黒いエネルギーの渦、見るだけで感覚が麻痺するような“空間の裂け目”だった。


「……さようなら」


 その呟きと同時に、口から漆黒の奔流が吐き出される。それは炎とは似て非なるものだった。熱でもなく、爆発でもなく、ただ“存在そのもの”を否定する黒炎。広がる扇状のエネルギーに触れた瞬間、ホエールウルフたちは声もなく、影も残さず、虚空へと還った。


 もはや“燃える”という表現すら追いつかない。《フレア》の名を冠するにふさわしい、完全なる消滅のブレスだった。


「……フレアブレス、とでも名付けておくか」


 黒き焔の余韻が空に残るなか、バハムートは淡々とそう呟いた。

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― 新着の感想 ―
また調子のって討伐の証拠消滅させてる・・・ 賞金かかってても貰えないぞ?
実際神クラスなわけだが、雑魚相手に雰囲気出して後で悶えたりせんのかなw
爪楊枝が剣に。 不思議やな。
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