黄金の聖神と技術流通の協議
「では次だ」
アリはカップをソーサーに戻し、話題を切り替えた。
「黄金の聖神への対応だが、トゥドウはこちらで受け持つ。地上が落ち着くまでの間も宇宙の方は我々が抑える。もちろん義勇軍も逃がさぬように封鎖する。その点は約束しよう」
軍人らしく、端的に結論を述べる。
「クロ君には、奪還後に黄金の聖神からの侵略があった場合の対応をすると言う事だったが、それで問題ないな?」
「ええ、問題ありません」
クロは即座に頷いた。
「ジュンに連絡してくれればいいです。一度奪還した場所については、こちらで守ることを約束します」
迷いのない宣言だった。
だが、その言葉に、デビットが一つ咳払いをして口を挟む。
「確認ですが」
感情を挟まない、実務的な声音。
「どうやって、ですか?」
端末を操作すると、空間に地図が投影される。
「距離がある場合、対応は容易ではありません。端から端となれば、どんなに急いでも一日かかる場所もあります」
地図の一点を示し、続ける。
「トゥドウはいいとしても、例えば――トゥキョウからトゥラジまで」
指先が軌道線をなぞる。
「我々の戦艦でも、高速ルートで約一日です。衛星軌道まで上がり、そこから再突入したとしても、二~三時間はかかる」
数字は正確で、反論の余地がない。
「距離、時間、展開速度。いずれも無視できません」
そこで、デビットは視線をクロへ戻した。
「その……あの狼と、機体で」
言葉を選びつつ、率直に続ける。
「そこまでの対応が、本当に可能なのですか?」
疑念ではあるが、挑発ではない。純粋な確認だった。
室内の視線が、自然とクロへ集まる。
クロはその様子を見て、少しだけ口元を緩めた。
「出来ますよ」
即答だった。拍子抜けするほど、あっさりと。
「ヨルハであれば、地上被害を考えなければ一時間もかからないかと。ですが」
その言葉に、空気がわずかに張り詰める。
「移動時の衝撃波が出ます。それは現実的ではありません」
淡々とした否定だった。
「……では、現実的ではないと? 今のは仮定の話ですか?」
デビットが少し語気を強めて確認するが、クロはすぐに首を振る。
「いいえ」
クロは首を横に振った。
「簡単な方法があります」
クロは一拍置き、視線を伏せた。
「詳しく明かすことは控えますが、連絡を頂ければ、かかっても十秒以内に。確実に対応します」
はっきりと言い切った時、沈黙が落ちた。
数字の意味を理解した者から、順に言葉を失っていく。
十秒。距離も、航路も、常識も――すべてを無視した時間。
デビットは思わず地図を見返し、アリは何も言わずにクロを見つめる。
そこに、ジュンが一言付け加えた。
声には、まだどうしようもない違和感が残っている。すべてを受け入れきれたわけではない。だが、それでも――先ほどまでの虚ろさは薄れ、確かに生気が戻っていた。
「アリ中将、デビット大佐」
視線を上げ、二人を正面から見据える。
「クロの、この言葉は……信じても大丈夫だと進言いたします」
一瞬、喉が鳴る。迷いがないわけではない。
それでも、ジュンは続けた。
「クロは……非常に非常識の塊ですが」
自分でも言い切ってしまったことに、少しだけ顔をしかめる。
「約束は必ず守ります。そして、行動力の塊です。そこは間違いありません。……非常識ですが」
「“非常”が多いですね」
クロが、苦笑交じりに突っ込む。
「はははははっ!」
それを聞いたアリが、声を上げて笑った。
「わかった。信じるとも」
迷いのない即答だった。
クロの苦笑と、アリの朗らかな笑い声が、室内に響く。
ジュンは、自分でも驚くほど胸の奥が軽くなっているのを感じていた。ほんの少し毒を吐いただけで、張り詰めていた何かが抜けたのだろう。
その様子を横目に見ながら、クロは小さく息を吐く。
――仕方がない。
そう自分に言い聞かせるように、話を前へ進めた。
「では、その前提で」
カップを置き、落ち着いた声で続ける。
「マルティラⅡを落ち着かせた後の処理は、アリ中将に一任します」
そこまでは、既に合意している。
「その代わり、と言うほどの前払いではありませんが……こちらに数人、呼びたい人物がいます」
一拍置き、言葉を選ぶ。
「その人物たちに、この基地の最新技術と試験データを見せたい」
「うーん……」
アリは顎に手を当て、慎重に答える。
「それは、企業側が許さないだろう」
だが、その直後。
「中将」
デビットが、静かに割って入った。
「この基地には、企業は入っていないはずです」
端末を操作し、空間にデータを表示する。
「記録上も、契約上も、企業名は存在しません」
淡々とした声のまま、操作を続ける。
表示されていた各企業の名称が次々と消え、区画はただの「生産区画」「試験区画」として再登録されていく。
「ですので、見て頂いてもデータを持っていって頂いても……」
一呼吸置き、修正を完了し結論を出す。
「問題ないかと」
「なるほど……」
アリは画面を見ながら、ゆっくりと頷いた。
「テストを行っている企業は、存在しないという扱いだな」
「ええ」
デビットは即答する。
「革命軍は一切、関知していません」
そして、ほんのわずかに言葉を濁した。
「ただし……義勇軍が何をしていたかまでは、把握していません」
一瞬、室内の空気が引き締まる。
「たとえ我々が関与していたとしても」
デビットは、事務的な声音のまま続ける。
「公式には“今から”の話です。数日程度であれば、問題にはならないでしょう」
その言葉が意味するものを、全員が理解していた。
――企業は存在しなかった。
――存在したとしても、それは義勇軍が裏取引で作った違法施設。
記録は、そうなる。
アリは小さく息を吐き、コーヒーを一口飲む。
「……綺麗に片付くな」
感心とも、皮肉とも取れる声だった。
「ええ」
クロは、穏やかに頷く。
「その方が、話が前に進みます」
正義でも、理想でもない。終わらせるための、現実的な選択だった。
室内には、先ほどまでとは違う種類の静けさが満ちていた。それは重苦しさではなく、決断を終えた者たちの沈黙だった。




