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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
お掃除開始。クロの清掃大作戦!

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クリスマス・イブ外伝 争いの種、まくべきか

 12月23日。今日も星は、ひどく穏やかだった。


 争いは起きず、天候は安定し、文明圏の活動指数も平常値を維持している。監視対象としては理想的だが、監視する側としては退屈極まりない。


 バハムートの作り上げたダンジョンにも、今日一日、人影はなかった。侵入反応はゼロ。警戒レベルの変動もない。


 広大な空間の中で動いているのは、清掃用に配置されたゴーレムたちだけだった。磨き上げられた床。壁面の細かな傷の補修。落ちているはずもない瓦礫の確認。


 規則正しく、忠実で、無駄がない。その様子が、かえって空虚さを際立たせていた。


「……今日も終わる」


 誰に聞かせるでもなく、バハムートは呟いた。


「いい加減、誰か挑めよ……せっかくすごい武器や防具を創っても意味がないじゃん」


 声に出してみても、反応は返らない。このダンジョンに配置された武具は、どれも人類基準で言えば過剰性能だ。命を賭してでも欲しがる者が現れてもおかしくはない。


 だが、誰も来ない。


 バハムートは大きく息を吐いた。その拍子に、制御しきれなかった熱が漏れる。


 夜空に、真紅の炎が立ち上った。


 天を焦がすような輝き。星の裏側からでも観測できるほどのエネルギー放出。


 ――それでも、誰一人として見向きはしなかった。


「ゴーレム278号」


 足元に視線を落とす。


「なんだ?」


 バハムートの足元では、管理用ゴーレムが鱗の整理作業を行っていた。落ちた破片を回収し、状態を確認し、規定の位置に戻す。その作業の手が、わずかに止まる。


 278号は、何か言いたげな仕草でバハムートを見上げた。感情表現を持たないはずの存在だが、首の角度だけで疑問が伝わってくる。


 やがて278号は、手に持っていた鱗を一旦床に置いた。両腕が変形し、平坦な板状へと形を変える。


 看板のような形状になったその表面に、淡く文字が浮かび上がった。


『そもそも、来てほしいんですか?』


「いや、来てほしいだろ」


 即答だった。


「だって俺、バハムートだぞ。ほら、FFなら絶対手に入れたい召喚獣の一つじゃん」


『FFは判りませんが』


 文字が一度消え、再び浮かび上がる。


『負けるおつもりですか?』


 278号は、首を傾げた。純粋な疑問としての動作だった。


 その様子に、バハムートは呆れたような表情を浮かべる。


「馬鹿だなぁ」


 そう言って、わざとらしく腕を組む。


「俺が負けるわけないじゃん。それに、召喚なんてできるわけがないだろう」


 当然の前提を説明するような口調だった。


『なら、どうするんです?』


 さらに首を傾げる278号。理解が追いついていない様子が、はっきりと見て取れる。


 バハムートは鼻息をひとつ、ふん、と鳴らした。自慢げに、少し胸を張る。


「だからさ」


 一拍置いて、得意げに続ける。


「俺に挑んだ者が、死にかける前に言うんだよ。『よくぞここまで我に抗った。認めよう、勇者と』ってさ」


 想像するだけで気分が良くなるのか、声に張りが出る。


「それで勇者の称号と、俺をいつでも呼べる指輪を渡すんだ。どう? 最高じゃない?」


 ダンジョンの中に、返事はなかった。


 ゴーレム278号は、ただ静かに立ったまま、しばらく返答を迷っていた。


 バハムートの発言は、いつものことだ。壮大で、夢があって、たいていは実現しない。


 ――ああ、これだ。


 278号は内心でそう判断する。この流れは、もう何度も経験してきたし、ゴーレム仲間の間でも共有されている。どう返すべきかは、長年の付き合いで嫌というほど分かっていた。


 両腕を、今の板状からさらに豪華な装飾を施した形へと変形させ、表示板を作る。その動作にも、もはや迷いはない。


 淡い光が走り、文字が浮かび上がった。


『最高です! さすが我が創造主様!』


 そう言っておけばいい。とりあえず肯定し、全力で褒めておく。


 それが、このバハムートの扱い方だ。


 ゴーレム同士の間では、半ば冗談めかして共有されている。バハムートが「どう考えても出来そうにないこと」を言い出した時の対処法。


 ――否定しない。

 ――深掘りしない。

 ――とりあえず持ち上げる。


 そうすれば、しばらく機嫌が良くなる。そのうち別のことを思いつく。そして、また新しい「出来もしないこと」を語り始める。


 経験則だ。そして、今のところ一番平和な解決策でもある。


「だよな」


 案の定、バハムートは満足そうに頷いた。


 278号は、内心で小さく息をつく。――今日も無事にやり過ごせそうだ。


 だが、創造主はそこで話を終えなかった。


「しかしさ、この星ってさ」


 視線を遠く、この山から遥か先、広大な森の切れ目にある都市へ向ける。


「争いはあるにはあるんだけど、競技みたいな争いしかないんだよな~」


 軽い口調。だが、その奥にあるのは、子供じみた不満ではなく、純粋な疑問だった。


「住人が強すぎるせいもあるんだけどさ。これだけ人種が多くて、国もたくさんあるのに……」


 言葉が、少し途切れる。


「なんで、ここまで平和なんだよ……」


 278号は、すぐには返さなかった。


 創造主は、退屈している。それも、かなり。


 刺激が欲しい。だが、壊したいわけではない。喜ばせたい。意味のある何かを起こしたい。


 ――厄介だ。


 そう思いつつも、278号は考える。この主は、放っておくとろくなことを思いつかない。


「無難で」「それっぽくて」「責任を取らされない」案。それを選ぶ。


『……なら』


 控えめに、文字を浮かべる。


『きっかけでも、お作りになってみてはいかがですか。以前、各国を回り威厳を示されたように』


「あれか」


 バハムートは苦笑した。


「あれはさ、挑んで来いっていう、きっかけ作りだったんだよ」


 肩をすくめる。


「でもな、結果どうなったと思う? むしろ、さらに平和になった」


 ため息が一つ、落ちる。


 それは失望というより、「なんでこうなるんだ」という諦めに近かった。


「備蓄は増えるし、同盟は強化されるし、争いの芽は先に潰されるし……。俺が動くたびに、みんな結束するんだよ。普通は排除しようと思わないのか? 少しは挑んできてもいいのに」


 声が、ほんの少し低くなる。


 278号は思う。


 ――本当に、このバハムートは面倒くさい。


 だが、それを表に出すことはしない。そんなことをしても、事態が良くなることは一度もなかった。


 だから、ただ静かに立ち、聞く。いつものように。


 そうして、何事も起きないまま、一日が終わった。


 夜が来て、また朝が来る。


 翌日。いつものように散らばっている鱗を整理していると、唐突に、バハムートは口を開いた。


「俺さ、争いの種を、撒こうかと思う」


 そう宣言するや否や、バハムートは各ゴーレムに向けて次々と指示を飛ばし始めた。迷いはない。思いつきにしては、あまりにも手順が明確だった。


「ダンジョンを作った時に出た鉱石を集めろ。奥の保管層にあるやつだ」


 短く区切られた命令に、ゴーレムたちは一斉に動き出す。通路の奥から、重量物を運ぶ低い振動が伝わってくる。


「それと、巨大なツボを二つ持ってこい」


 その言葉に、278号は一瞬だけ動作を止めた。だが、何も言わずに指示を受け入れる。


 ほどなくして運び込まれた二つのツボは、厳重な蓋が施されていた。中に入っているのは、バハムート自身の血液。そして、剥がれ落ちた鱗を粉砕し、細かくしたもの。


 どちらも、本来ならば外界に出ることなど想定されていない代物だ。だが今、それは当然の材料として、作業場の中央に据えられている。


 最後に運ばれてきたのは、大きな泥板だった。焼成前の粘土を平らに伸ばしただけの簡素なもの。しかし、その広さは人の背丈を超え、何かを描くために用意されたことは明らかだった。


 バハムートは、その泥板の前に立つ。


 一瞬だけ顎に手を当て、考える仕草を見せる。そして、次の瞬間にはもう指を伸ばしていた。


 指先が泥に触れ、線を引く。迷いはない。


「八つの大国の都市の中心に集めると、強くなる装備を設置していく」


 描きながら、口に出して説明する。


「そうすれば、それを求めて争いが起こるはずだ」


 線は次第に形を成し、明確な意匠となっていく。


「そこに俺が登場してさ。神託みたいに言葉を紡いで、元凶は俺だって宣言する」


 声は弾んでいた。


「そうすればダンジョンに人は来る。ゴーレムの仕事が出来る。俺もそれを見て一喜一憂する」


 満足そうに、最後に付け加える。


「……良いじゃないか」


 誰に問いかけるでもなく、そう言って笑った。


 泥板の上には、八つの装備が順に描かれていく。


 剣、短剣、弓、槍、盾、兜、鎧、指輪、最後にそれを設置するための専用台。


 一つのデザインが定まるたび、バハムートは顔を上げる。


「これでいける。次だ」


 ゴーレムに指示が飛び、即座に鍛造が始まる。炉が熱を帯び、鉱石が溶かされ、形を与えられていく。


 それを八回、繰り返す。


 完成した装備には、古代文字が刻まれた。意味を持つ言葉。だが、人には正しく読み解けない文。


 そこへ、バハムートの血が注がれ、鱗の粉が振りかけられる。赤と黒が金属に溶け込み、ゆっくりと馴染んでいく。


 最後に、それぞれを台座へとセットする。


 作業が終わった時、外はすっかり深夜になっていた。


 とうとう、完成した。


 バハムートはそれを見下ろし、満足そうに腕を組んだ。


 ダンジョンの奥深くで、作業を終えたゴーレムたちが静止する。炉の熱も、金属の匂いも、ゆっくりと引いていき、広大な空間には何一つ音が残らなかった。


 まるで、この場所そのものが、何かを待つように息を潜めているかのように。

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