境界なき戦争と、頭を下げた軍人
アリはカップを一度手元に寄せ、液面を見つめてから、ゆっくりと語り始めた。
「最初に、確かにマルティラとマルティラⅡの間に摩擦があったのは事実だ」
声は落ち着いている。だが、それは感情がないのではなく、長い時間をかけて整理された結果だった。
「だが、それ以上に深刻だったのは、星系全体の問題だった」
一拍置き、言葉を重ねる。
「国力の低さ。技術力の不足。国家としての資金の無さ」
淡々と列挙される現実。
「そして何より――フロティアン国の支援という名の傀儡状態だ」
その言い方には、皮肉も自己嫌悪も含まれている。
「支援を受けている限り、我々は決して独立した国家にはなれない。それを打破する必要があった」
そう言いながら、アリはコーヒー用の砂糖とミルクを、机の上に静かに並べる。
「そこで、惑星同士の摩擦という構造を利用した」
砂糖の包みを開け、カップの中へ落とす。
「まず、マルティラⅡで革命の機運を高める。そのために、ある組織を作った」
白い砂糖が、黒い液体の底へ沈んでいく。
「それが、イエローサックだ」
言葉を置くように、視線を伏せた。
「……私も、そこに所属していた」
言い訳はしない。事実だけを置く。
「そして、資金を得るために大規模な販路を裏で構築した。各企業を誘致し、実戦という名の試験場を提供する」
スプーンを取り、ゆっくりとコーヒーをかき回す。
「内戦を開始した。結果としては――成功だった」
液体が渦を描き、色が均一になっていく。
「国力は上がり、技術も集まり、資金も回った。理論上は、すべて計画通りだった」
そこで、アリはスプーンを止めた。
「だが、成功しすぎてしまった」
ミルクを手に取る。
「誤算は三つあった」
白い液体が、静かに注がれる。
「裏切り」
黒が薄れていく。
「傀儡」
境界が曖昧になる。
「浸食だ」
カップの中で、色は完全に混ざり合った。
「それらは互いに絡み合い、増幅し合い……気づいたときには、もう引き返せなくなっていた」
アリは、混ざり切ったコーヒーを見つめる。
「このコーヒーのようにな」
低く、静かな声。
カップから視線を上げる。
「もはや誰にも、線引きはできない域にまで達してしまっていた」
短い沈黙。
そして、アリは小さく息を吐いた。
「我々は、国家を強くするために内戦を使ったつもりだった。だが、いつの間にか――」
言葉を選ぶように、間を置く。
「その内戦が別の目的に置き換わりその駒として、使われる側になっていた」
その告白は、静かだが重かった。
その言葉には、怒りも悲嘆もなかった。事実を、事実として語っているだけだった。
沈黙が、室内に落ちる。ジュンは言葉を失ったまま、唇を噛みしめている。理解したくないが、否定もできない。そんな感情が、表情に滲んでいた。
デビットは終始、黙したままだ。視線は前を向いているが、思考は深く沈んでいるのが分かる。
一方で、エルデはまるで別世界の出来事のように、グラスを傾けてジュースを飲んでいた。難しい話は任せる、と言わんばかりだ。
クレアもまた、我関せずといった様子で、皿のミルクをぺろりと舐める。この場の重さを理解していないわけではない。ただ、彼女にとっての優先順位が違うだけだった。
そして――クロは、笑った。
「ふふ……筋書きとしては、あまりにも分かりやすい」
軽い笑い声。だが、それは嘲るようなものではなかった。
「クロ! あなたは!」
堪えきれず、ジュンが声を荒らげる。怒りを込めた視線が、一直線にクロへ向けられる。
だが、その動きは途中で止められた。
アリが、再び静かに手を上げたのだ。
「だって、墓穴も墓穴ですよ」
クロは肩をすくめるように続ける。
「こうなることは、最初から分かっていたようなものじゃないですか」
責める調子ではない。結果を、冷静に並べているだけだ。
「うむ」
アリは短く応じ、そして頷いた。
「クロ君の言う通りだ」
その声には、迷いがなかった。
「奢りが過ぎた」
自嘲するように、口元をわずかに緩める。
「あの時は、とにかく力をつけること、資金を得ることに必死だった」
カップを手に取り、中身を一口含む。
「必死すぎて、周りがまるで見えていなかった」
ゆっくりと息を吐く。
「まさしく、クロ君の言う通りだ。自分たちで墓穴を掘った」
その言葉に、言い訳はなかった。責任から逃げる気配も、もはや感じられない。
そして――アリは笑った。
吹っ切れたようでいて、どこか痛みを孕んだ、妙にすがすがしい笑みだった。
「だが……ようやく、贖罪ができる」
静かに、噛みしめるように言う。
「情けない話だがな。クロ君が『内戦を終わらせる』と言ったあの言葉……」
一拍置き、視線を伏せる。
「本来は、覚悟をもって私が言うべき言葉だった。そして、行動だった」
そう語りながら、アリはカップを手に取り、残っていたコーヒーを一息に飲み干した。
苦味を飲み下すように、喉を鳴らす。
次の瞬間、アリは立ち上がった。ためらいのない動作だった。
「クロ君」
低く呼びかけ、そして――
「申し訳ない」
深く、頭を下げる。
階級も立場も捨てた、個人としての謝罪だった。
「どうか、力を貸してほしい」
顔を上げぬまま、言葉を重ねる。
「そのためなら、私の命も差し出す。どんな命令も受ける」
声が、わずかに震える。
「どうか……この内戦を終わらせるために――」
「そこまでです」
クロの声が、静かに割って入った。




