仕組まれた内戦
「ジュン大尉、その辺で。デビット、私たちにもコーヒーを」
アリ中将の声は静かだったが、場を完全に制するだけの重みがあった。
「ハッ!」
即座に応じ、デビットは端末を操作して指示を飛ばす。迷いも躊躇もない。
ジュンは反射的に姿勢を正し、背筋を伸ばしたまま移動すると、ソファーに座ったアリの背後に用意されていた椅子に着席した。動きには軍人としての癖が色濃く残っている。
「失礼しました」
短く頭を下げる。
「大丈夫ですよ」
さらりと、クロが場を和らげるように反応する。
だが、それに被せるように、即座に否定の声が飛んだ。
「クロに言っていません!」
反射的とも言える速さだった。張り詰めた神経が、そのまま言葉になっている。
アリは軽く手を上げ、そのやり取りを制す。
デビットは端末をしまい、無言のままアリのすぐ横に着席した。その動作を合図にするように、室内の空気が「雑談」から「協議」へと切り替わる。
「まずは、ありがとう」
アリはクロに視線を向け、率直に言った。
「我々には出来なかったことを、やってもらった」
評価と事実確認。そこに余計な飾りはない。
「気にすることはないです」
クロは淡々と返す。功績を誇る様子も、謙遜する様子もない。
だが、そのまま言葉を続ける。
「ですが、一言――苦言を」
一拍置く。
「……いえ、苦言では生ぬるいですね」
声音は変わらない。しかし、空気がわずかに冷える。
「責任を放置した、その責任は重いです」
クロはアリを真っ直ぐに見据えた。
「なぜ、放置していたんです?」
責め立てる口調ではない。だが問いとして、あまりにも真っ当で、逃げ場のない言葉だった。
「クロ君は、この内戦が始まった経緯について説明を受けているかい?」
アリは笑顔を崩さないまま、穏やかに問い返す。その声音とは裏腹に、視線は鋭く、場を測っている。
同時に、入り口のドアが静かに開いた。給養員が二名、無言で入室する。
手慣れた動作で、コーヒーとオレンジジュースをテーブルに置いていく。クレアの前には、少し深めの皿に注がれたミルクが置かれた。
零れにくく、舐めやすい高さ。デビットの気遣いが、さりげなく行き届いている。
給養員は一礼し、何も言わずに室内を後にした。ドアが閉まる音が、やけに静かに響く。
クロはカップを手に取り、香りを確かめるように軽く鼻先を近づけてから、一口飲んだ。
「……知りません」
間を置かず、淡々と答える。
「聞きもしませんでした」
カップを置き、続ける。
「予想としては、マルティラとマルティラⅡとの摩擦。よくある話だと思っていました」
資源、領有、自治権。どこにでも転がっている理由だ。
アリは、うんうんと頷いた。否定はしない。
「そうだ。表向きは、そういうことになっている」
「表向き!?」
その言葉に、思わず声を上げたのは、アリの背後に控えていたジュンだった。思考が追いつく前に、感情が飛び出している。
アリはゆっくりと振り向き、ジュンを見る。
「ジュン大尉。これは機密事項に当たる」
声音は低く、だが静かだ。
「だが君は、これからクロ君の監視役として行動する。そのためには、真実を知る必要がある」
一拍置く。
「正直に言おう。胸糞が悪い話になる」
逃げ道を示すように、問いを投げた。
「それでも聞くか?」
デビットは何も言わず、静かに目を閉じる。その沈黙が、この話題の重さを物語っていた。
ジュンは困惑した表情のまま、視線を宙に漂わせる。知りたい。だが、知ってしまえば戻れない。
逡巡が、はっきりと顔に出ていた。
そこへ、クロが声をかける。
「今さら、何を迷っているんです?」
責めるでもなく、諭すでもない。事実を述べるだけの声音。
「私の正体と比べたら、些細な話でしょう」
カップを指で軽く回しながら、続ける。
「どうせ、利権にまみれた真実ですよ。戦争って、だいたいそういうものです」
断定に近い言い切りだった。だが、そこに皮肉はあっても驚きはない。
ジュンは、ゆっくりと息を吐いた。そして、腹を決めたように顔を上げる。
「……聞きます」
短く、だが逃げない声。
「自分は、クロの監視役です。なら、知るべきです」
アリは、その答えを聞いて、わずかに表情を変えた。笑顔はそのままに、目だけが冷える。
「そうか」
カップに手を伸ばし、コーヒーを一口飲む。
「では、話そう。――この内戦は、偶然でも、誤解でもない」
テーブルの上に、沈黙が落ちる。
「これは、意図的に“起こされた”争いだ」
その言葉が、静かに場を凍らせていった。




