強引で、まっすぐで、気に入った
「そ~ろ~そ~そ~や~め~て~」
揺さぶられながら、間延びした声でクロが言う。その声音に我に返ったのか、ジュンは肩で荒く息をしつつ、ようやくクロの肩から手を離した。
クロは一度深く息をつき、少し力を抜いたように笑みを浮かべる。それとは対照的に、ジュンは限界だったのか、膝から力が抜けるようにその場へへたり込んだ。
クレアは様子を見計らい、再びクロの肩へと戻る。落ち着いた位置から、静かに問いかけた。
「クロ様、これからどうされます?」
「そうですね。アリ中将と話し合いはあるんですが……」
少し考える間を置いてから、クロは正直な本音を口にする。
「一旦、帰りたいですね」
「ダメです!」
被せるように、ジュンの声が飛んだ。
「いい加減、少しはこちらの事情も考えてください! クロには関係ないことかもしれませんが、少しは、こちらの事も考えてください!」
切羽詰まった叫びだった。クロは思わず目を瞬かせ、わずかに驚いた表情を見せる。
「……グレゴみたいに『行ってきます』ですね。気に入りました」
そう返すクロに、ジュンは肩を落とし、今度こそ心底疲れた様子で言った。
「気に入るのはいいですが……私は少し、クロを嫌いになりそうです」
遠慮も婉曲もない、率直な言葉だった。
クロは一瞬だけ目を瞬かせた。そのまま、何も言わずに呼吸を整える。
それから改めて、ゆっくりと頷いた。ほんの少し、困ったように笑う。
その空気を切り裂くように、クレアが低く唸った。不満を隠そうともせず、ジュンを睨みつけるように唸り、静かな威嚇を向ける。エルデはその様子を見て、仕方がないといった顔で小さく頷いた。
「仕方ないっすよ。クロねぇは強引っすから。最初は、恐ろしいとか、怖いって思うっす」
歯切れよく言い切るエルデに、クロがすぐさま指摘する。
「同じ意味ですよ」
「そうっすけど、一番それがしっくりくるっす」
エルデはそう返しながら、ジュンの方へ歩み寄り、その肩にそっと手を置いた。押しつけがましさはなく、ただそこにいるという距離感。
ジュンは一瞬驚いたように目を瞬かせ、それからゆっくりと顔を上げ、エルデを見る。
「自分も、最初の出会いは滅茶苦茶だったっす」
軽い口調。だが、その裏にある体験は重い。
「自分、海賊だったっすし。クロねぇに、ぼっこぼこにされて……そのまま、海賊団は潰れたっす」
思い出すように、苦笑が混じる。
「正直、あの時クロねぇの気まぐれがなかったら……死んでたっす」
それは冗談でも、誇張でもない。ただの事実だった。
「でも、今はこうして楽しく生きてるっす」
エルデは一瞬視線を逸らし、それから小さく息を吐いた。
「美味しいものも食べられるし、あったかく寝れるっす。幸せっすよ」
その言い方は軽い。だが、冗談めかした響きはなかった。
「ただ、強引なのは確かっすけどね」
一拍置いて、続ける。
「でも、ジュンもそのうち楽しくなるっすよ」
それは屈託のない笑顔だった。あまりにも真っすぐで、その笑顔がまぶしく、ジュンは思わず少し俯く。
「……それは、仲間だったらですよね」
否定というより、確認に近い言葉。ぽつりと零れたその一言には、まだ一線を引いた慎重さが残っていた。
「仲間じゃないっすか?」
即答だった。
ジュンは思わず目を見開き、エルデを見る。エルデは「何か?」とでも言いたげな、いつも通りの表情で見返している。
その様子を眺めながら、クロは少し機嫌の悪そうなクレアの背を、宥めるように撫でた。
「エルデは、真っすぐですね。見ているこちらが恥ずかしくなるくらいに」
嬉しそうに呟くクロとは対照的に、クレアは不満を隠さない。
「……クロ様に『嫌い』なんて言うなんて」
クレアはまだ納得がいかない様子で、ジュンを見て小さく唸る。
「それは仕方がありません」
クロは落ち着いた声で答え、クレアをなだめる。
「自分でも、かなり強引に物事を進めている自覚はありますから」
そう言って、目の前にいるエルデとジュンを、等しく見渡した。
クレアは小さく溜息をつき、改めてクロに尋ねる。
「……本当に、気に入ってますね」
「否定しません」
短く、だがはっきりとした返答だった。
その言葉の余韻が、静かに場に残っていた。




