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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
お掃除開始。クロの清掃大作戦!

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監視統括室にて――壊れた常識

 クロが監視統括室の司令官席に身を沈め、背もたれに軽く体重を預けていると、先ほどまで断続的に響いていた騒音が、いつの間にか完全に途絶えていることに気付いた。ヨルハが暴れていた痕跡は、今やどこにもない。あれほどひっきりなしに飛び込んできていた、問い合わせや指示を仰ぐ通信も止まり、室内を満たしているのは、機器が正常稼働を示す無機質な電子音だけだった。張り詰めていた緊張はどこへやら、今は電子音だけが響く、穏やかな静寂が支配していた。


「……暇」


 思わず零れた独り言には、皮肉も自嘲もなく、ただ純粋な感想だけが乗っていた。クロは肘掛けに腕を置いたまま、何もすることがない時間を受け入れるように、唯々のんびりと待つ。


 しばらくして、静まり返った空間に、規則正しい足音が近づいてくる。クロは司令官席をくるりと回し、入口の方へと視線を向けた。


 扉の向こうから姿を現したのは、エルデとジュンだった。


 その瞬間だった。


 エルデの頭の上に乗っていたクレアが、クロの姿を認識した途端、迷いなく跳んだ。助走も躊躇もなく、一直線に。


 クロは慣れた動作でそれを受け止め、柔らかく腕に収める。捕まえられたクレアは、満足そうに尻尾を勢いよく振り、瞳をきらきらと輝かせながら、ひょいとクロの肩へと移った。


 その全身から、「誇らしい」という感情が隠しようもなく溢れている。


「クロ様!さすがです!見ましたよ。ここに来るまでの活躍を!」


 弾む声とともに、胸を張るクレア。クロは小さく笑い、視線を合わせるように少しだけ顔を傾けた。


「いえ、クレアも暴れていたようですね」


 そう言って、労うようにクレアの頭を撫でる。クレアは目を細め、さらに尻尾を振る勢いを増した。


 その様子を横目に、エルデとジュンもクロの元へと歩み寄ってくる。エルデはいつものように明るい笑顔を浮かべていたが、対照的に、ジュンの顔色はひどく疲れ切っていた。


 肩は落ち、目の下には濃い影。精神的にも肉体的にも、相当な消耗を強いられたことが一目で分かる。


「クロねぇ、見たっすよ。相変わらず遠慮ないっすね」


 半ば呆れ、半ば感心したような口調でエルデが言う。クロは首を傾げることもなく、当然のことのように答えた。


「遠慮の必要ないでしょう。それに優しくしてあげましたよ。命がまだあるんですから」


「何人か死んでたっすが……」


 エルデの乾いたツッコミに、クロは小さく息を吐いた。


「仕方ありません」


 短く、淡々と。それ以上でも、それ以下でもない言葉だった。


 そのやり取りを見ていたジュンが、一歩前に出る。エルデを制するように、その前に立ち、クロを真正面から見据えた。


 疲労の奥に、戸惑いと警戒、そして説明を求める強い意志が滲んでいる。


「クロ、ちょっと色々と説明してほしいんですが」


 その言葉は問いというより、整理のための要請に近かった。事態を理解しきれない混乱と、それでも前に進まねばならない覚悟が、声音の奥に滲んでいる。


 クロはそれを拒むことなく、司令官席に座ったまま軽く片手を上げて示した。


「どうぞ」


「まず、聞きたいのですがクレアちゃんがヨルハちゃんって何です?」


 そう言って、ジュンは視線をクロから外し、クレアを見る。慎重に言葉を選んだ様子だったが、それでも戸惑いは隠せていなかった。


 突然向けられた視線に、クレアは「何か問題でも?」と言いたげな表情で首を傾げる。瞳がきょとんとしたまま、ジュンを見返した。


 その仕草があまりにも無防備で、あまりにも愛らしくて。ジュンの指先が、思わず伸びかける。


 ――撫でたい。


 だが、寸前で理性がそれを押し留めた。ここで触れるのは違う。そう自分に言い聞かせ、ジュンは視線をクロへ戻し、黙って返答を待つ。


「実際の本体はヨルハです。でも、あの体では人の世界で生きるのは無理でしょ」


 クロは淡々と、けれど雑にはならない声音で言葉を紡ぐ。


「だから、人間社会に溶け込めるよう、クレアという形を作ったんです。分身体として、意識を映して生活しています」


 説明は簡潔で、余計な修飾はない。それでも、その一文が含む情報量は、あまりにも重かった。


「……わかりました。そこは納得します」


 数秒の沈黙の後、ジュンはそう答えた。眉間には深い皺が寄ったままだが、拒絶や疑念はそこにない。


「するんっすね」


 間髪入れず、エルデが横から軽く突っ込む。冗談めいた口調だったが、内心ではジュンの対応に少なからず驚いている様子だった。


「仕方がないでしょ!昨日今日でもう常識が崩れてるんです!」


 ジュンは思わず声を荒げ、両手を軽く振り上げる。


「納得するしかないじゃないですか!」


 吐き出すように言い切ると、肩から力が抜けた。理解したわけではない。ただ、受け入れると決めただけだ。


 監視統括室に、再び短い静寂が落ちる。その空気の中で、クレアはクロの肩の上から二人を見下ろし、静かに尻尾を揺らしていた。

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