終戦処理と新たな提案
クロがオートマンを抱え監視統括室へ戻ると、そこはまだ混乱の只中だった。兵士たちは気絶したまま床に転がり、意識を取り戻す者はいない。加えて、依然としてヨルハが暴れているため、あちこちから指示を仰ぐ通信が断続的に入り続けていた。
クロはそれらを一瞥するだけで、端末に意識を向ける。表示された文字列――古代文字に、指先で静かに触れた。
「リリース」
一言。
文字をスライドさせた瞬間、クロが身に纏っていたベヒーモスの鎧は、まるで役目を終えた召喚獣のように、光に還りながら文字列へと沈んでいく。
鎧が完全に消えた後、そこに立っているのは、いつものクロだった。
「中々いいデビューだったんじゃないかな。正体も、ちゃんと隠せていたし」
まるで新しい玩具で遊び終えた子供のように、満足げな声。クロは愛おしそうに端末の古代文字をなぞる。
「さて」
軽く息をつき、順位通信を繋いだ。
「クロです。ジュン、クチグロは処理しました」
『処理って何です! エルデ! マークした敵をちゃんと狙ってって言ってるでしょ!』
通信越しに響くジュンの声は、指示と叱責が入り混じっている。そのままクロへ向き直る気配が伝わってきた。
「中々、愉快な事になってますね」
クロが笑いながら言うと、ジュンの声色が、わずかに鋭くなる。
『そういうのはいいです! 処理って何ですか! ヨルハちゃん! もっと力を抑えてください! 天井が崩れたら生き埋めになります!』
指示を飛ばしながらも、明らかにクロの返答を待っている。
「クククッ……いいですね」
楽しそうに喉を鳴らすクロ。
『ですから、ちゃんと説明してください! ……いえ、大佐ではなく、クロに言ってます!』
その切実な叫びに、監視統括室の騒音と通信音が重なり合う。
クロは、今がちょうどいいと判断した。オートマンを別空間へと仕舞い込みながら、クチグロが座っていた司令官席へ腰を下ろす。端末を卓上に置くと、即座にホロディスプレイを投影した。
映し出されたのは、忙しなく指を動かすジュンの姿。パネルを叩き、指示を飛ばし、それでも膝の上で眠るクレアを落とさぬよう、常に片腕で支えている。
状況を制御しながら、守るべきものも手放していない。その姿に、クロは一瞬だけ目を細めた。
口元で手を組み、先ほどまでの軽さを引っ込め、ほんの少しだけ真面目な表情になる。
「タイソン大佐にも繋いでもらえます? どうせなら、一緒に報告したいんですが」
『もう! 分かりました、繋ぎます!』
苛立ちを隠しきれない声と同時に、ホロディスプレイが切り替わり、タイソンの姿が投影される。
『クロ! 状況を教えてほしい』
切迫した声音が通信越しに響く。
クロは司令官席の背もたれに軽く身を預け、即答した。
「簡潔にいいます。大将のクチグロという人物は一切存在しません。いたのは着せ替え人形です。なので現在、この基地は司令官不在の状態ですが――これ、もう終わりでいいですかね? それとも潰してしまいます?」
『終わりでいい!』
即断だった。
『こちらからトゥキョウ基地へ停戦指示を出す。ジュン大尉は、攻撃を受けた場合のみ反撃するよう伝えてくれ』
『了解! ヨルハちゃん、エルデ、聞こえましたね!』
ジュンの声と同時に、通信は慌ただしく切断される。
「あわただしいですね」
クロが淡々と呟くと、タイソンはどこか遠くを見るような視線で応じた。
『……他人事だな。トゥキョウの人々は大騒ぎだぞ』
そう言いながら、タイソンは別系統の通信を次々と飛ばしている。
クロは肩をすくめることもなく、ただ静かに返した。
「今まで、さぞかし甘い蜜を吸って肥えた連中です。正直、どうでもいいですね」
その言葉と同時に、トゥキョウ基地全域へ、強制的な全体放送が流れ始めた。
『――トゥキョウ基地に告ぐ。直ちに停戦せよ』
低く、落ち着いた声。感情を排した、だが圧倒的な説得力を持つ声音だった。
『クチグロ大将の造反行為および身分詐称により、トゥキョウ基地の司令権および作戦統制権は即時失効した。現在、同基地に関する全権限はアリ中将へ一任されている』
通信は続く。
『速やかに武装を解除し、戦闘を停止せよ。逃走は認めない。従わない場合は撃墜する。繰り返す――』
命令は淡々と、しかし一切の余地を残さず戦闘の終結を宣告していた。
「……このアリ中将という人、信頼できる人物なんですか?」
クロが問いかけると、タイソンは短く、しかしはっきりと頷いた。
『ああ。信頼できる』
次の瞬間、ホロディスプレイにもう一人の人物が投影される。
白髪混じり――いや、完全に白くなった短髪。鋭い眼差しは老いを感じさせない。
革命派の赤い中将の軍服をきっちりと着こなし、無駄な装飾は一切ない。鍛え抜かれた体躯を思わせる立ち姿は、静止しているだけで周囲に圧を与えていた。
派手さはない。だが、一目で分かる。
――この男は、前線と修羅場をくぐってきた指揮官だ。
『初めまして、クロ君。アリだ。まずは――よくやってくれた』
その声は、剛毅で、渋く、そして現実を知る者の重みを帯びていた。
「いえ。だいぶん、儲けることができそうなので。十分ですよ」
『そのことだが……相談というより、提案がある。後で、少し時間をくれないか』
トゥキョウ基地の戦いは、確実に終わりへと向かっている。だが――
後始末は、これからだった。




