宇宙にて正体を暴く
――その異様な間が、弾けたのは、次の瞬間だった。
クロは――見事に決まったと、完全に勘違いしたまま。
「トウッ!」
場違いな掛け声とともに跳び、一瞬で距離を詰め、クチグロの目の前へと降り立った。
衝撃音すらない。ただ“そこに来た”という事実だけが残る。
「さて、クチグロ。お前はどうする?」
兜の奥で、金色の瞳が鈍く光る。
その瞬間だった。
圧倒的な殺意が、空間そのものを殴りつけた。先ほどまで、クロの滑り倒した芝居によって奇妙に緩んでいた空気が、別の意味で――凍りつく。
呼吸が、重くなる。視界が、歪む。
耐え切れなくなった者から、次々と意識を失い、床に崩れ落ちていった。膝が折れ、倒れる音すら、もはや遠い。
だが――
クチグロだけは、違った。
何も感じていない。恐怖も、圧迫も、殺意も。
ただ、目の前の存在を、真っ直ぐに睨み返している。
「……睨むのはいいが」
クロは低く呟く。
「状況、分かってる?」
次の瞬間。クロの手が、クチグロの身体を掴んだ。
――転移。
視界が、裏返る。
次に存在したのは、宇宙だった。
音も、空気もない真空。星々の光だけが、無言で瞬いている。
クチグロの身体は、宇宙空間に放り出される形で、静かに浮かんでいた。
本来なら、生身の人間であれば、呼吸を失い、血液が沸騰し、即死していてもおかしくない状況。
だが、クチグロは――宇宙という死地にあってなお、そこが当然の居場所であるかのように、静かにそこにいた。
クロはその様子を一瞥し、興味を失ったように言った。
「……もう演技はいいだろ。自称クチグロ。お前、インセクトだろ」
冷え切った声だった。怒りも、嘲りもない。ただ事実を切り分け、不要な部分を排除するための声音。
「俺は、ロボットには興味がない」
その言葉は、尋問でも脅しでもない。断定だった。
次の瞬間、クロは躊躇なくビームダガーを一振りする。
光が走り、クチグロの右腕が、まるで元から繋がっていなかったかのように切り落とされた。
だが――血は飛ばない。肉が裂ける音もない。
宙を漂うのは、無機質な金属と配線が露出した機械の腕だけだった。
それを合図にしたかのように、クチグロの姿が揺らぎ、輪郭が歪み、表層が剥がれ落ちていく。
皮膚は消え、肉は偽装だったことを露わにし、残ったのは――人の形を模したオートマン。
「覚悟しておけ。俺はお前を殺す」
吐き捨てるような宣告。
「それは……無理な相談だ」
返ってきた声は、もはや人のものではなかった。感情の起伏を失った、冷たく乾いた機械音声。
「よく分かったぞ、ベヒーモス。お前は強い。だが、それだけだ」
オートマンは続ける。
「確かに私はインセクトの一人。ファスム」
名乗り。それは誇示ではなく、情報開示に過ぎない。
「で――お前一人で、どうする? 私を捕まえられるとでも思っているのか。それは無理な話だ」
カメラアイが、鈍く光る。
ファスムは左腕を持ち上げ、遥か下方に広がるマルティラⅡを指し示す。
「どうやって探す? この惑星に、何億という人間がいる中で? 無駄だ。私はその先を見ている。お前は永遠に、探し続ける側でしかない。そして見つかるわけがない!」
理屈としては正しい。効率論としても、完璧に近い。
だが――その問いに、クロは一切の迷いなく即答した。
「簡単な話だ」
一歩、踏み出す。
「壊せばいい。全てを」
そう言って、クロも右腕を伸ばし、マルティラⅡを指し示す。
「この惑星を壊せば、見つかるだろ?」
あまりにも平然とした声。宣言は、異常そのものだった。
「お、お前……何を言っている? 壊す……?」
ファスムの音声処理に、わずかな遅延が生じる。
「ああ、壊す」
肯定。
「いくら人が死のうが、俺には関係ない」
冷酷ですらない。ただ、単純に――優先順位が低いだけだった。
「それに――手掛かりも、ここにある」
クロは、指先をファスムへ向ける。
その瞬間、オートマンは、ようやく理解し始めた。
――この存在は、交渉相手ではない。――抑止も、論理も、意味を持たない。
次の刹那。クロは正確にオートマンの動力部を見抜き、ビームダガーを突き立てる。
ファスムは何かを言いかけ――そこで、動きが止まった。
「……まぁ、壊すのは、この内戦だけだ。……俺が、そう決めただけだがな」
そう呟いたクロの姿は、次の瞬間には掻き消えていた。転移。
その場に残されたのは、宇宙空間に静かに漂う、オートマンの右腕だけ。
沈黙だけが、すべての終わりを告げていた。




