回収者
鎧姿のベヒーモスへと変身したクロの正面には、命惜しさに整列した兵士たちの列があった。武器を捨て、膝を揃え、互いの肩が触れるほど密集して立つその姿は、もはや部隊というより、処刑台の前に並ぶ影に近い。
誰もが声を殺し、呼吸だけが不揃いに重なっている。汗と恐怖の匂いが、夜気の中に濃く漂っていた。
夜の闇の中で、クロの鎧だけが鈍く光る。兜の奥で金色の瞳が脈動するたび、周囲の空気がわずかに歪んだ。それは威圧ではない。存在そのものが、現実を圧迫している。
「なるほど。全員もれなく賞金首か」
淡々とした声だった。怒りも、苛立ちもない。事実を確認し、結論を告げただけの口調。
クロは兜の内側に仕込まれたゴーグルのカメラで兵士たちを一瞥する。視界に、二種類のデータが重ねて表示された。
一つは義勇軍の登録情報。マルティラⅡ生まれを示すIDと、一般市民としての詳細な個人データ。顔認証も一致し、年齢表示は十歳。形式上は、ただの少年だった。
そして、もう一つ。
ハンターギルドに登録された賞金首のデータ。殺人犯として懸賞金が懸けられた詳細な犯罪履歴。顔判定は――本人と断定。
二つの情報は、明らかに別人を示している。だが、クロが信じるに値すると判断したのは、迷いなく後者だった。
何故なら――
「お前が、その顔と体格で十歳なわけがないだろ!」
そう吐き捨てると同時に、クロは一人の兵士の顔面を鷲掴みにした。指に、静かに力が込められる。
「ぎゃあぁっっ~~~~!!!」
悲鳴が漏れ、兵士は必死にクロの手を振りほどこうとする。だが、その抵抗がクロに伝わることはない。
指は微動だにせず、ただ“事実確認”を続けるかのように、淡々と力を増していった。
次の瞬間、クロのリボルバーが光る。狙いは正確だった。両腕、両脚、合計四発。致命点を外し、確実に行動不能へと追い込む。乾いた撃鉄音が連なり、直後に絶叫が重なった。
そこからは、もはや処理だった。
二人目の兵士は、咄嗟に銃を抜こうとした。だが、引き抜くより早く、額に一発。言い訳を口にする暇すら与えられず、前のめりに崩れ落ちる。
三人目は、泣きながら背を向けた。無様に転び、それでも這うように逃げようとした背中に、冷徹な一弾が突き刺さった。
あとは、同じだ。
兵士たちは倒れ、転がり、地面を掻きむしる。骨を砕かれ、神経を撃ち抜かれた四肢は言うことをきかない。這おうとしても、腕は裏切り、脚はもつれ、顔から地面に叩きつけられる。
「やめろ……やめてくれ……」
「助けて……!」
言葉にならない声が混じり、正面ゲート前は瞬く間に、阿鼻叫喚という言葉すら生温い惨状と化した。
だが、クロは一切気に留めない。
一人、また一人。まるで作業工程を進めるかのように、淡々と終わらせていった。
そして次にクロの興味は、その奥へ向いていた。のたうち回る賞金首たちの背後に並ぶ、見たこともない戦車や機体。新型と思しき装甲。未知の駆動部。それらを、値踏みするように眺める。
悲鳴の渦の中で、その沈黙だけが異様だった。
「……これはもう、俺のだな。貰っていく」
そう言って、クロは戦車の装甲へと手を触れた。
次の瞬間。
戦車が、別空間へと仕舞われていく。音もなく、抵抗もなく、まるで水面に沈むかのように――いや、最初からそこに存在しなかったかのように、戦車は別空間へと消え失せた。
「……は?」
誰かの喉から、掠れた声が漏れた。
現実が誤飲したとしか思えない光景だった。
理性が、耐え切れなかったのだろう。目の前で繰り広げられた理不尽な暴力。逃げ場のない、容赦のない制裁。そして何より、目の前で起きた最も理解できない現象。
悲鳴が、さらに大きくなる。いや、それはもはや悲鳴ですらない。理解できない、理解したくないという拒絶が、心の底から溢れ出した純粋な恐怖だった。
笑い出す者すらいた。壊れたように、意味のない声を上げながら。
賞金首たちの精神は、完全に折れ砕かれていた。
クロは構わない。
次の機体へと歩み寄り、同じように触れ、同じように、別空間へと収納していく。
兵器が一つ消えるたび、世界の秩序が、音もなく一枚ずつ剥がれていくようだった。
――異常。だが、クロにとっては合理だった。
すべてを回収し終えたとき、正面ゲート前に転がっているのは、もはや兵士ではない。そこに横たわっていたのは、名も無き“結果”――壊され、踏みにじられ、ただ残骸となった存在だけ。
クロは、静かに振り返る。
遠く――空の向こうから迫る、重たい気配。
爆発音。地上を揺るがす、血を撒き散らすかのような地響き。そして、それらを貫くように響く、遠吠えめいたヨルハの咆哮。
兜の下で、クロは静かに笑みを浮かべる。
「……来たか」
そう呟いた直後、判断は終わった。
「もう地上と地下は、ヨルハに任せてもいいな」
最後の仕上げだとでも言うように、クロは身を翻し、再び正面ゲートへと歩き出す。
「さて……お土産でも拾いながら、向かうとするか」
呟きは、淡々としていた。
廊下に落ちているドローンやオートマンの残骸を、歩みを止めることなく回収しながら進んでいく。触れれば消え、消えれば何事もなかったかのように床が現れる。
その姿は――屍の中を踏み越え、悲鳴を背に置き去りにし、地獄の底から現れ、静かに、確実に進んでくる悪そのもののようだった。




