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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
お掃除開始。クロの清掃大作戦!

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火の手、裁きの空へ

 クロが襲い掛かる敵を、まるで“順番待ち”でもしているかのように、丁寧に、静かに、確実に駆逐していく。


 撃ち漏らすことも、動揺することもない。一体ごとに処理するのではなく、構造や癖を把握した上で、処理手順を最適化しているかのようだった。目の前の敵を排除するだけでなく、その奥にある意図や制御の波まで見抜くかのように、戦場全体が“読まれて”いた。


 そして──ふいに、攻撃が止んだ。


 ドローンの浮遊音も、オートマンの駆動音も、射撃も斬撃も、ぱたりと途切れる。


 敵が“諦めた”としか思えない静寂だった。


「ようやく無駄だと気づいたか」


 クロはそう呟きながら、ふと自身が歩いてきた通路を振り返った。破壊の軌跡。そこには、戦いの痕跡というよりも“作業の残りかす”のように、鉄屑が床に散らばっていた。


 しかも、そのどれもが、まるでクロを避けるように、通路の端へと転がっている。


「勿体なかったかな……」


 クロは小さく首をかしげるように呟き、視線を落とす。


「シゲルとアヤコに渡せば、ジャンクとしていくらでも使えたかもしれない。素材も悪くないし、仕掛けも見慣れない部分がある」


 踏みつけるでもなく、拾うでもなく。ただ、興味深そうに見やったあと──


「まぁ、それは後で。今は……花火を上げるのが先か」


 言葉と同時に、クロは再び正面へと視線を戻す。


 無骨な壁の向こう。視覚にはまだ何も映っていない。


 だが、耳には確かに聞こえていた。


 重い履帯の軋み。高出力エンジンの唸り。推進粒子の振動。


 嗅覚には、量子干渉による独特の少し焦げた匂い。粒子系装備に特有の香りが、空気に混ざって漂ってきている。


 肌には、空気の密度と温度から伝わる殺意。


 クロは瞼を細めた。壁を視覚として見るのではなく、その向こうにある存在の輪郭を、感覚でなぞる。


 脳裏に映るイメージが、ぼんやりとした色彩を伴って浮かび上がる。赤、青、金、黒――色とりどりの気配が、戦車や機動兵器の姿を形づくりながら、壁の向こうに待機していた。匂い、音、振動、空気の重さ、そして肌に伝わる感情のざわめき――それら全てが、クロの中で色として像を結ぶ。色は、ただの光ではない。気配の質を視覚に変換した、感覚の残響だった。


「……花火を上げるのには、小さいがいいだろう」


 その一言には、わずかに笑みが混じっていた。穏やかで、楽しげで、それでいて“確信”に満ちた声だった。


「さてと」


 軽く首を傾けて呟くと、クロは正面ゲートへと向かう素振りも見せず、その場で軽く屈伸する。


 次の瞬間、爆発的な跳躍力が解き放たれ、天井へと跳び上がった。


 そして、拳を突き上げる。


 ドンという重く硬質な衝撃音。厚く強化された天井パネルが、上方へと盛大に吹き飛んだ。まるで紙を破くかのように、あまりに軽やかに。拳が描いた軌道に沿って空間が抉られ、金属片が舞い、埃が爆ぜる。


 そこから、クロの姿が静かに空中へと現れる。


 視界が開ける。眼下に広がるのは、正面ゲートを取り囲むように配置している機体たち。


 重装甲を纏った巨大戦車。無骨で無名の、だが異質な設計思想を宿した新型機体。スリット構造、粒子放出口、無駄のない多関節武装──その他多数。戦場は、音を立てずに沸騰を始めていた。


 そしてその中に、見覚えのある“気配”があった。


 一見すれば、かつて交戦したヴェルカスに酷似している。だが、明確に違う。骨格のバランス、武装の配置、配色、全てが微妙に異なっていた。


 それは、過去の戦闘データを基に設計された、テスト機としての改良型ヴェルカスだった。


「ど〜れ〜に〜し〜よ〜う〜か〜な〜っと!」


 浮遊する中、クロは人差し指をくるくると宙に泳がせ、選定を楽しむような仕草を見せた。だが、その瞳はすでに冷たく、標的だけを射抜いている。


「君に決めた……運が悪かったな」


 選ばれたのは、当然その改良型ヴェルカス。


 クロはその場で空中姿勢を変え、ステップを踏むように旋回する。


 右足に、黒いフレアが巻き上がる。光と熱を帯びた黒の奔流が脚部の鎧を包み、風圧が渦を巻き、空気すら軋ませていく。


「ベヒーモス! キーーーーーーーック!!」


 叫びと同時に、クロの右脚が閃光を纏って振り下ろされた。その一撃は、ただの物理攻撃ではなかった。黒き閃光のフレアを纏った槍となって突き進み、一直線に――改良型ヴェルカスのコックピットを穿つ。


 反応すら許されない。


 装甲を覆っていた粒子フィールドは無意味だった。打ち砕かれ、消し飛び、装甲ごと穿たれる。まるで存在そのものを否定されたかのように、中心部が跡形もなく繰り抜かれた。


 機体は、音もなく沈黙した。


「あっ、しまった。賞金首か確認するのを忘れてた」


 着地直前、クロはふと思い出したように軽く呟いた。だが、すぐに動き出す。


 倒れかけていたヴェルカスの前面に回り込み、鋭く蹴り上げる。機体が大きく弾け、宙へと舞う。


 そのまま跳躍。空中で体を回転させながら、後方から追撃の蹴りを叩き込んだ。


 蹴り飛ばされたヴェルカスは、クロのゴーグルに表示された進行ルートへと放物線を描く。地上出入り口付近――まさに地上に出ようとしていた戦艦の位置だった。


 その衝撃で、ヴェルカスの内部にあった粒子エンジンが不安定な挙動を始める。エネルギーが膨張し、機体全体が危険な振動を帯びていく。


 誰にも止められなかった。


 クロは静かに、だが容赦なく、最後の一手を投じる。


「メテオ」


 そう一言だけ告げると、別空間からただの石を取り出し、遊びでもするかのように、軽く――しかし鋭く、投げつけた。


 それは、本当にただの石。だが、粒子エンジンと衝突した瞬間――


 粒子エンジンの臨界点はすでに超えていた。あとは、きっかけがあればいい。


 爆裂。


 制御不能となったエンジンが暴走し、ヴェルカスは火の玉となって爆発。戦艦のスラスターを巻き込み、墜落、連鎖爆発。


 夜空を染めるような巨大な火花が咲いた。


 その衝撃はさらに周囲の戦艦、機体、燃料タンクまでも巻き込み――まさしく“戦場ごと打ち上がる”ような連続的な花火となる。


(――これが、クレアたちへの合図。“始まり”を告げる火の手だ)


 高熱と閃光。崩れた鉄と火の粉が空を舞い、爆音より先に視界を真紅に染めた。


「よし。これで派手な花火になった。合図には、十分だろう」


 クロはそう言いながら、地面に舞い降りる。巻き上がる煙と爆風の余韻の中、それを背負ってクロが静かに着地する。


 そして、まだ稼働を止めぬ戦力――恐怖に縛られ、動けずにいた兵器たちへと視線を向けた。


「命が欲しいなら、そのまま降りろ。死にたいなら……そのままでどうぞ」


 その声には、一切の揺らぎがなかった。兜の奥、金色の光が一閃する。


 それは、裁きを告げる執行人の光だった。

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