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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
二度目の目覚め
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消えた猫と光の痕跡

「それでは依頼を開始します。見つけ次第、お連れします。お茶、ごちそうさまでした」


「よろしくお願いします」


 玄関を出たクロは、端末に表示された現在地に向かって歩き出す。示された場所には、既に家はなく、取り壊されたままの更地が広がっていた。猫の姿はどこにもない。だが――信号は、間違いなくここから発せられていた。


「何もない。けれど、確かに反応はある……」


 チップは超小型で、通常なら専用の読み取り装置が必要とされる。そして、生体電気で稼働している仕様上、対象が生きていなければ信号は発しないはずだった。けれど、猫は――いない。


「動いてもいない。ということは……チップだけが、何か別の手段で動かされている可能性が高い」


 クロは静かに目を閉じる。風の音も途絶えるような静寂の中、意識を研ぎ澄ませる。


「人の目では見えない。でも、俺は――人じゃない」


 ゆっくりと目を開けた瞬間、クロの瞳が金色に輝いた。感覚が一気に研ぎ澄まされ、わずかな電気の流れが空間に浮かび上がる。


「……あった。微弱な電気反応」


 更地の片隅、瓦礫に埋もれるようにして落ちていた金属片を拾い上げる。手のひらに収まるほどの小さなそれからは、確かにかすかな稼働信号が検出された。


「これは……超小型の電池か」


 クロは慎重に指先で挟むと、そっと鼻を近づける。かすかな金属臭に混じって――確かに感じ取れる、猫特有の体臭。まぎれもなく、チップは一度、猫の体内にあった。


「……匂い、視覚化」


 集中すると、感覚が鋭く研ぎ澄まされる。電気信号と揮発した化学分子を読み取り、空間の中に残された“においの痕跡”が、色と光を伴って脳内に像を結ぶ。


「連れ去られた……。だが、猫が?」


 わずかに瞳を細めながら、クロは顔を上げる。その先に伸びているのは、まるで誘うように連なる光の筋。風にも消えず、鮮明に漂う痕跡が――ひとつの方向を指し示していた。


「この先は……商業施設か」


 クロは足音を殺しながら、その痕跡を追う。人通りが増え、徐々に賑やかさが満ちてくる。やがて行き着いたのは、商業区にある巨大な複合型デパート。その一角には、色とりどりの看板が並び、人々の声がひしめいていた。


 クロは足を止めると、視線をひとつの看板へと向ける。


「なるほど……」


 視覚化された匂いの軌跡が、はっきりと看板の内部――店舗の奥へと続いている。店名は、こう掲げられていた。


 《アニマルパーク》


 クロはすぐに端末を取り出し、依頼人のハナミへ通信を繋ぐ。


「もしもし、クロです。少し確認させてください。……シロちゃんって、いつ購入された猫ですか?」


 端末越しに、ハナミの少し戸惑ったような声が返ってくる。


『ええと……先々週です。まだ二週間も経ってないと思います』


「ありがとうございます。では、お店の名前を教えてもらえますか?」


 クロはそのまま、睨むように店舗を見据える。呼吸を抑え、待つ。


『えっと、確か“アニマルパーク”だったと思います。商業区のデパートにある……』


 その答えと同時に、クロの視線がわずかに鋭さを増した。やはり、ここか。


「了解しました。ありがとうございます。引き続き、調査を進めます」


『はい……よろしくお願いします』


 通信を切ったクロは、再び店へと視線を向ける。視覚化された痕跡は、明確に店舗内部へと続いていた。


 アニマルパークに足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。匂い、湿度、音――生き物の気配が満ちている。店内にはさまざまな動物が展示されており、どれも清潔なケージや水槽に収められていた。


 中には、見たことのない異種生物も混ざっている。惑星間流通で持ち込まれた外来種か、それとも遺伝子操作による改良型か。だが、クロの視線は逸れない。


 目的はただひとつ――猫。


 店舗奥の一角、静かに区切られたガラスの中に“それ”はいた。真っ白な毛並み。少し怯えたように隅で丸くなっている。耳の形と尻尾のふくらみ。瞳の色――一致する。


「……いたな、シロ」


 展示ガラスの下に記された札には、こう記されていた。


 《販売価格:300万C》


 クロは値札の数字をひと目で読み取り、わずかに眉をひそめる。そして、低く呟いた。


「なるほど……チップによって居場所が特定できる仕組みを、逆手に取ったか」


 チップの反応が家ではなく外に居る時を狙い、迷子になったように見せかけて、実際には店舗側が“確保”していた。販売店舗であれば、チップを埋め込んだ場所を把握できるうえに、取り除くための専用機器もある。そうしてチップだけを抜き取り、猫は再び“商品”としてケージの中に戻される。


 生体チップが動作し続けていれば、飼い主はその反応を信じ、周囲を探し続ける。しかし、実際にたどり着ける場所は用意されていない。販売経路や企業の壁が、その先を覆い隠す。


「……売った猫を回収して、また売る。手口としては詐欺だが……確証が欲しい」


 クロは店内を見回した。内装は丁寧に整えられており、違法性を思わせる雰囲気は一切ない。だが、整いすぎていることこそが逆に不自然だった。


 そして――シロが入っているガラスの奥。展示台に貼られていた小さな案内表示に、視線が留まる。


「……これが、決め手になればいいけどな」


 そこに記されていたのは、整ったフォントの文言。


 《血統書付き 生態データあります》


 クロは表情を変えずに考える。生態データがあるということは、この猫の血統書と生態データがハナミの持っている物が一致さえすれば店舗側が再販売だと確証できる。


「ギルドに相談したいが……連絡してる間に、誰かに買われたら終わりだ」


 クロの思考は静かに回る。選択肢は限られている。即時行動か、確実な証拠を押さえてからの報告か。


「どうするか……」

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