破滅を纏う者・進軍
クロは、まずは“花火”を上げることにした。
ゴーグルに重ねて表示される誘導ラインを確認し、軽く顎を引くと、一旦は出口方向へと静かに歩き出す。その足取りに迷いはない。あくまで、静かに。だが、確実に踏み出す。
しかし、その進路を拒むように、廊下の奥から波のような反応が湧き上がった。
ドローン。警備ロボ。そして、警備用オートマンに混ざる軍用オートマンの反応。
まるで巣を突かれた害虫が、本能だけで集まってくるかのように。個体ごとの戦術性は皆無だが、とにかく数だけは多かった。
統制はされていない。だが、圧力としては充分だった。廊下の向こうが、機械の群れで埋まっていく。
最初に飛来したのは、実体弾。その銃声すら、機体ごとにバラバラで、同時に撃ったはずなのに時間差で届く。
続いて、ビームが交差する。散発的。だが、狙いは正確だった。単なる威嚇ではない。本気で排除するつもりの火線だった。
しかし――
クロは歩みを止めない。
その身を包む鎧に触れた瞬間、あらゆる攻撃は“成立”を拒まれる。
衝撃は鎧の表層で拡散し、熱は吸収され、弾頭は潰れて失速する。貫通も、侵入も、あり得ない。揺れすら伝わらない。まるで、外界の理を鎧の内側には通さないとでも言うかのように。
因果そのものを遮断するかのような、絶対的な拒絶。向けられた敵意すらも無力化されていく。攻撃という行為自体が、意味を失っていた。
「……なるほど」
リボルバーを撃ちつつ、淡々と呟く声。冷静さの裏に、自らの創作物を前にした手応えが滲む。
その鎧は、かつてバハムートに挑む勇者のため自身がダンジョンの宝箱に入れておいた〈陸の獣〉。だが今、それはクロが自身の欲望の為仕立て直されていた。変身アイテムとして即座に装着できるよう、端末に古代文字で収納式の機構を組み込み、クロ自身の血を文字に付けることにより意識する間もなく纏える仕上がり。そう設計したのは他でもない、自身だった。
そして思った以上の完成度に、クロは自己評価をひとつ更新する。
「粉にした鱗と血を混ぜて塗ったが、想定以上だな」
視線を横に流し、直前に被弾した箇所を確認する。表面は無傷。むしろ、磨き上げたような光沢すら帯びていた。
「鎧全体に、きちんと力が回っている……うん、悪くない」
評価の言葉とともに、リボルバーを構える。撃鉄が落ちる刹那。機械音すら吸い込まれたように静かな空間で、シリンダーが静かに回転する。
次の瞬間、収束された光が一直線に走り、ドローンの制御部を貫いた。空中で姿勢を失った機体は、もがく間もなく次弾を受け、動力部ごと破壊されて墜落。床に激突した瞬間、爆散する。
破裂した機体の爆風が周囲を襲い、警備ロボやオートマンも巻き込まれる。そこから連鎖するように、破壊の波が広がっていった。もはや小競り合いではない。確実に、一方的な殲滅戦だった。
「能力解放してもバレないし、ゴーグルのおかげで迷子の心配もない……見たものが、はっきり見える」
兜の内側、暗闇に沈んだその双眸が、金色に輝く。
あの時――焼き肉店に向かう途中、エルデに指摘され、クレアに呆れられた。自分でも気づかぬうちに、抑えていた力だ。
五感が、人の限界を超えて駆動し始める。視覚は金属の層をも透かし、聴覚は接触前の空気の振動すら捉え、気配は網のように空間を覆っていく。動こうとするもの、近づこうとする意図、敵意の波形──そのすべてを、クロは受け取っていた。
「……要らない物は、処理するだけだ」
呟きを落としつつ、標的を捉える。狙いは正確に、オートマンの動力部。引き金がわずかに絞られた瞬間、機体は動きを止め、次の瞬間には内部から破裂する。破片が跳ねる前に、クロの姿はそこにはなかった。
距離を詰めようと、接近戦を挑む機体もあった。だが、クロは歩調を変えない。焦りも、警戒も、そこにはない。
リボルバーのマウントレールからビームダガーを外すと、刃が瞬時に光を帯びる。軌道は一切ブレず、まるで腕の延長そのもののように、自然に構えへと収まった。
一歩踏み出すたびに、ドローンは輪切りにされ、オートマンは関節部から分解されていく。接近し、攻撃しようとした者から順に、斬撃音と破砕音へと変わり、残されたのは床に転がる部品と、砕けた残骸だけだった。
それは、もはや戦闘ではなかった。鉄を切断し、粉砕する“作業”。クロにとっては、それだけのことだった。
なんとかドローンが、死角から忍び寄るが、クロは振り返らない。ただ、後方にビームダガーを軽く振るうだけ。
何の溜めも、気負いもない一閃。刃が描いた軌跡を中心に、機体は真横から分断され、支柱が歪み、内部フレームごと断裂する。制御を失った胴体は軌道を崩し、そのまま床に叩きつけられた。
その一瞬の隙を突くように、軍用オートマン数体が連携して動く。今度は統率が取れていた。訓練された兵士のような、隙のない動きで、一気に弾幕を張りながらクロへと詰め寄る。
人では到底真似できない、AIだからこそ成立する見事な連携。
通常個体よりも厚く、重い。AIも、より複雑な計算を実行している。だが──それすら、クロの感覚には“鈍い”としか映らなかった。
だが――それすらも、一瞬で終わる。
クロのリボルバーが、低く短く鳴く。光の線が閃き、一点を正確に穿つ。別の一体には、ためらいもなくビームダガーを投擲。回転しながら飛んだ刃は、動力部を正確に貫いた。貫かれた機体は、一瞬の静止の後、ゆっくりと崩れ落ちていく。
その流れのまま、クロは姿勢を崩したオートマンの側面へ回し蹴りを放つ。重たい衝撃が伝わり、装甲ごと吹き飛ばされた機体が空中でバラバラに分解されていく。
さらに、空いた左手で一体を掴み上げ、装甲の重量を活かして振り抜くように投げつけた。金属音が爆ぜ、制御ユニット同士が衝突し、複数の機体が同時に沈黙する。
その合間に、足元のビームダガーを拾い上げ、再び構える。まだ迫ってくる群れへ向けて、クロは静かに、だが確実に歩を進めていく。
「ゴキブリか……一体いれば、百体いるってことか」
皮肉を含んだ低い声が、無人の廊下に落ちた。音も熱も、破片さえも、クロの動きには追いつけない。




