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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
お掃除開始。クロの清掃大作戦!

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破滅を纏う者

誤字脱字修正しました。

ご連絡ありがとうございます。

次の瞬間。


クロの姿が、掻き消える。音もない。匂いもない。熱も、揺らぎも、痕跡すら残らない。存在していたという事実そのものが、空間から切り取られた。


クチグロは言葉を失う。軍用オートマンは反応しない。照準を合わせていたはずのドローンも、対象を見失ったまま宙で停止する。


――理解できない。


視覚でも、センサーでも、理屈でも。目の前で起きた現象を、誰一人として処理できなかった。


次の瞬間には、クロは廊下に立っていた。先ほどまでの重圧も、銃口も、怒号も存在しない。まるで、この瞬間だけの為に切り取られたように、誰もいなかった。


「さて……始めましょう」


クロはそう呟き、何もない空間へ手を伸ばす。すると、別空間から引き出されるように端末が現れた。表面に浮かぶのは、古代文字。クロは、自身が刻んだその文字を、愛おしそうに指先でなぞった。


そして、周囲を一瞥する。よし。誰も見ていない。


クロは一度、静かに呼吸を整え――なぜか、決めポーズを取る。


「セッ!」


掛け声と同時に、端末を腰の、いつものホルダーへとセットした。続けて、左腕を天高く掲げ、顔ごと見上げる。右手は端末に添えたまま、視線と動きを揃え、ゆっくりと下ろす。


この動作に、合理的な意味はない。戦術的な効果も、機能的な必要性も、皆無だ。


だが――クロのロマンの前では、確かな意味があった。


それは、憧れ。幼い頃、誰もが一度は胸に抱いた夢。


理屈よりも先に、心が覚えている言葉を、クロは口にする。


「変身ッ!」


その宣言と同時に、端末へ刻まれた古代文字が、血を吸う。指先に走るわずかな痛み。一滴が文字へ触れた瞬間、刻印は淡く、そして力強く光を放った。


光は渦を巻き、クロの身体を包み込む。実際に起きているのは、一瞬。だがクロの感覚では、時間が引き延ばされたように、ゆっくりと流れていた。


浮かぶ足に、至極色に輝く装甲片が舞い上がる。爪先から足首、脛へ。滑るように重なり合い、関節を正確に噛み合わせながら、無音で固定された。踏み出すための形。地を蹴るための重さ。


続くように太ももへ、両脚の外側から刃のような曲線を描く装甲が回り込む。筋肉の流れに沿って密着し、可動域を殺さない配置で収まる。力を溜め、放つための骨格。


腰と腹部には、重ねられたプレートが環状に組み上がる。全身を繋ぐ要として、揺るぎなく定位置へ嵌まっていく。


胸部装甲が前後から重なり、中心で静かに噛み合う。象徴的な意匠が浮かび上がり、装甲全体が一度、脈打つように輝いた。


肩口から前腕へ、連なった装甲が流れ落ちる。肘の可動を確保するため、わずかに間を残しつつ、刃を思わせる縁取りが光る。掴み、叩き、貫くための形。


最後に、頭。角を備えた兜が、上空からゆっくりと降りてくる。影が顔を覆い、視界が一瞬、暗転する。


次の瞬間――世界が、再び鮮明になる。兜の内側に仕込まれたゴーグルが端末と同期し、周囲の状況を伝えている。


光が収まり、着地すると、至極色に輝く鎧が完全にクロの身体と一体化していた。


クロは、静かに拳を握る。確かな重さが、掌から腕へと伝わる。だが、それは負担ではない。身体の一部として受け入れられる、揺るぎない実感だった。


そして――腹の底から、声を張り上げる。


「破滅の使者! ベヒーーーモス!」


同時に、全身でポーズを決める。


完璧だ。角度も、間も、勢いも、脳内イメージ通り。


「…………」


――数秒後。


遅れて、やってくる。どうしようもないほどの、気恥ずかしさ。


クロはその場にしゃがみ込み、兜の中でそっと顔を伏せた。装甲の内側で、頬が熱を持つのがはっきりと分かる。


「……思った以上に、恥ずかしいですね」


小さく、吐息混じりに呟く。


「これは……一度でいいかも」


だが、そこで終わらせるつもりはない。


クロはゆっくりと立ち上がり、気持ちを切り替える。次の瞬間、別空間からリボルバーを引き出した。


指先で端末を操作し、即座にスキャンモードへ移行する。


クロが調整して兜の裏側に取り付けたゴーグル。そのゴーグルに内蔵されたカメラが、周囲の空間を余すことなく捉える。


映像は即座に端末へ送られ、識別、解析、照合――複数の処理が同時に走り、そして、その結果が再びゴーグルへと返される。


視界の中で、輪郭が浮かび上がる。正面から接近してくるドローン。機体品番、所属、搭載火器、脅威度。


すべてが、数字と簡潔なアイコンとして重ねて表示された。


「……カメラの邪魔はしてないな」


確認するように、クロは小さく呟く。


次の瞬間、ためらいはない。引き金を引く動作は滑らかで、ほとんど無意識だった。


乾いた撃鉄音。同時に、閃光が走り、シリンダーが静かに回転する。


収束した光が正確に要部を貫き、ドローンは火花を散らして床へと墜ち――短く爆ぜた。


それと同時に。


甲高い警報音が、地下基地全体に鳴り響く。


赤色の警告灯が次々と点灯し、空気は一瞬で、張り詰めた緊張へと塗り替えられた。


「さてさて……」


クロは、わずかに口元を緩める。


「記念すべき、ベヒーモスの初陣ですね」


声には、もう迷いはなかった。ロマンも、照れも、そのすべてを抱えたまま。


視線は前方へ。次に現れる標的を、静かに待ち構える。


――狩りの時間が、始まる。

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